はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その35 老人、名を明かす

2022年10月24日 10時14分51秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
孔明は、気づいたのだ。
潘季鵬《はんきほう》のことは、新野の自室で語っている。
空屋敷で潘季鵬の歌が聞こえたこと、斐仁《ひじん》が偶然に新野で再会した昔馴染みの男、斐仁を程子文《ていしぶん》の部屋に案内した男…花安英《かあんえい》の従者。

斐仁をめぐる陰謀の、ゆがみきった動機。
敵の本当の標的はだれなのか。
それらを重ねあわせて、潘季鵬の存在を導き出したにちがいない。
そして、おのれを逃がした。

「あの莫迦《ばか》が!」
武人を捨て駒にして、自分たちは家財道具の一切を持って逃げていく。
そういう連中は山ほどいる。
自分たちの読みが浅いくせに、作戦の失敗をすべて武人のせいにして、処断を下して、生き延びた奴もいた。
生と死のやりとりを、実感として受け止めていないから、人の命の尊さが、口ばかりで、ほんとうにわかっていない者もいる。

だが、あの軍師は、おのれの盾を守るために、わざわざ自分が敵の前に立った。
叔父の復讐を果たすためではない。
いま現実にある、いわれない悪意に対抗するためだ。
それが自分に向けられているわけではないのに、身を投げ打って、助けようとしている。
ほかならぬ、自分を。
この趙子龍を。

「どうやら、解答が得られたようだな。で、どうするのだ」
あくまで冷静な老人が問う。
「襄陽城へ戻る」
老人が、またなにか言わんとしたが、それを制するようにして、趙雲は先んじて言った。
「おれはこのうえなく冷静だ。潘季鵬のことは、軍師よりおれのほうがよく知っている。
あれは、ひどく身勝手な男だ。全体の利害などよりも、おのれの感情を優先にする。
下手をすれば、やはり軍師の身があぶない」
「どうしてもか」
「どうしてもだ。こうしている間にも、軍師の言葉に刺激され、潘季鵬が心変わりをして、軍師に害を為しているかもしれぬ。急がねば」

「む。命がけで止める、と言いたいところであるが、それでは本末転倒。
もし戻る、というのであれば、それがしも共に参ろう」
「襄陽城には『壷中』しかいないわけではない。
伊籍や劉公子(劉琦)に連絡し、かれらと連動して軍師を助けるのだ」
「なるほど、冷静だという言葉は信じてよいようだな。しかし、新野への連絡はどうする」

「それは、わたくしめにお任せを」
斐仁が趙雲の前に進み出た。
ためらいを見せる趙雲に、斐仁は鋭い眼差しを向けてくる。
「七年間、皆様方を騙してきたわたくしを信じられぬというのも無理はないこと。
しかしそこを曲げてお願い申し上げます。どうぞ、わたくしめにこの役目を。
わが一族を無慈悲に惨殺した『壷中』を潰すためならば、わたくしは犬馬の労をいといませぬ」

賭けである。
斐仁をつれて襄陽城へ向かえば、斐仁は殺される。
では、老人を新野に送ったとしても、新野のだれとも誼《よしみ》のない老人が劉備に報告できるかというと、怪しい。
時間がかかるようでは駄目なのだ。

一方、斐仁が戻れば、新野の人間はおどろくであろう。
おどろくであろうが、かえってその言葉が耳目をあつめやすい。

しばらく悩んだすえ、趙雲は決断した。
「わかった。おまえが新野へゆけ。ただし、まず向かう先は叔至《しゅくし》(陳到)のもとへだ。
あれならば、軍師からの直接の指示を受けているから、おまえの話も飲み込みやすいはず」

待て、といって、趙雲は、近くにあった木から素早く木片を削り取ると、そこに、
「信じよ」
と書き、さらに下におのれの名前を書いて、斐仁に持たせた。
「これを見せれば叔至も信用するだろう」
「判り申した。それでは、さっそく参ります。趙将軍も、お気をつけて」

斐仁はそれだけ言うと、新野へ向けて、馬を疾駆させた。

残されたのは趙雲と老人だけである。
「さて、襄陽城へ向かうか。ところでおれは貴殿の名を知らぬ。教えてはもらえぬか」
「おお、そうであったかな。それがしは名乗ったとばかり思っていたが」
と、老人は、カカカ、と豪気に笑った。

若い頃は、張飛のように陽気な男だったのではなかろうか。
行く手になにがあろうと怖いものはないだろうと思わせてくれる、明るい雰囲気をもつ老人である。

「ではおれからあらためて名乗ろう。常山真定の趙雲。字は子龍だ」
「それがしは南陽の産にて、黄忠《こうちゅう》、字を漢升《かんしょう》と申す」
「黄漢升どのか。では、われらも参るぞ」
黄忠は趙雲のことばに、力強くうなずいた。

そうして、二騎は襄陽城への道を走り出した。

つづく


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