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帯とけの枕草子〔四十七〕むまは
言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
清少納言 枕草子〔四十七〕むまは
むまは、いとくろきが、たゞいさゝかしろき所などある。紫のもんつきたる、あしげ(馬は、真っ黒なのが、ただいささか白いところのある。紫の斑点ついてる葦毛……身間は、とっても強そうなのが、ただいささか白けたところがあるの、澄んだ色模様付いたのは悪しげ)。
うすかうばいのけにて、かみおなどいとしろき、げにゆふかみともいひつべし(薄紅梅の毛で、髪、尾など真っ白、なるほどそんな馬を、ゆふ髪とも言ったでしょう……薄い紅色の気色で、やまばの上、尾根とっても白い、なるほどそれで、優彼身と言うのでしょうよ)。
くろきがあし四つしろきもいとおかし(黒いのが足四つ白いのもとっても趣がある……強そうなあの肢、四たび白いのもとってもりっぱ)。
言の戯れと言の心
「むま…馬…む間…身間…おとこ」「む…むくろ…身」「うま…甘…旨…美味」「白…おとこの色香…おとこの情念…おとこの激情の果て」「黒…強い色」「紫…澄んだ色」「紫の紋…紫の斑点…澄んだ色模様」「紅梅…赤い梅花…もえる色」「ゆふかみ…木綿髪…結う髪…結う下身…優下身」。
歌言葉(女の言葉)は、すでに万葉集の歌に於いて、藤原俊成の云うように「浮言綺語の戯れに似ている」。
万葉集 巻第十三 相聞
百足らず、山たの路を、浪雲の、愛し妻と語りもせずに、別れし来れば、速川の往くへも知らず、衣手の反るも知らず、うまし物立ちてつまづく、せむすべのたづきを白粉、―――。
「うまし物…馬じもの…馬のような…旨し物…よきおとこ」「つまづく…躓く…挫折する…つ間尽く」「たづき…手がかり…方法」「白粉…白化粧…白い粉飾…お白け」。
万葉集 巻第二 相聞 舎人娘子奉和歌一首。
なげきつつますらをのこの恋ふれこそ わが結髪のひぢてぬれけれ
(嘆きつつますらおのこの恋えばこそ、わたしの結髪が、涙で・しっとり濡れたことよ……うめきつつ男の子の君乞えばこそ、わが結う下身が、しっとり濡れたことよ)。
「恋ふ…乞ふ」「ゆふかみ…結髪…木綿髪…結う彼身…合う下身」「ゆふ…結ぶ…合わす」「かみ…髪…上…下身…女」。
「枕草子」を一義に清げな姿のみ読んでは、味気ない文と貶めたくなるでしょう。今の人びとの「聞き耳」が、諸々の原因により異なってしまったためで、言の戯れを知り、紀貫之のいう「言の心」を心得えて、「聞き耳」を同じくすれば、おとななら誰でも、共感したり批判したりできる文芸となるでしょう。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人しらず (2015・8月、改定しました)
枕草子の原文は、新 日本古典文学大系 枕草子 (岩波書店)による