空の道を散歩

私の「仏道をならふ」の記

佐渡裕×ベルリンフィル

2011-06-12 23:40:08 | アート・文化

 土曜夜には、NHKBSで、佐渡裕さんが指揮したベルリン・フィル定期演奏会を聞いた。それに先立って放送された密着ドキュメンタリーも見た。

 佐渡裕さんは、阪神大震災前に私が住んでいた西宮市に創設された兵庫県立芸術文化センターの芸術監督で、佐渡さんが指揮する定期演奏会やオペラはいつもチケットが売り切れる。いつか聞きたいと思いながら、生で聞いたことがない。

 ベルリン・フィルは、歴代指揮者がそうそうたる顔ぶれで、カール・ベームのあと常任指揮者に着任したカラヤンでさえ手を焼いたという伝説がある。

 佐渡さんも、ファースト・コンタクトと言われる練習で、ショスタコービチの5番を、自分の解釈で演奏してもらうのに苦労したようだ。はじめは、いちいち演奏を止めて説明が入ることに、団員は戸惑っていたが、だんだん佐渡さんの意図が分かってくると、指示通りに演奏するようになる。

 演奏曲目は、武満徹の「フロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム」、ショスタコービチの交響曲第5番。どちらもベルリンフィル側からの希望だそうだ。

 「フロム・ミー……」がすばらしかった。カーネギーホール100周年を記念して、ボストン交響楽団と小沢征爾のために委嘱された曲だそうだが、武満らしい、自然と交流しているような音楽だ。とくにパーカッションは、東北地方大震災で破壊された大地を吹き渡り、もろもろの命や人々の心の傷をやさしく癒して天に戻っていく風のようだと思った。

 ショスタコービチの5番は、学生時代から聞き慣れたバーンスタイン、NYフィルの、ロシアの大地のような重厚な演奏が刷り込まれているので、最初のうちは違和感があったが、第1楽章が進み、第2楽章、第3楽章と聞くうちに、佐渡さんの演奏に引き込まれていった。

 佐渡さんが、第3楽章はレクイエムだと言ったように、やはり、東北大震災とイメージが重なって、泣いてしまった。第4楽章の闘争的な音楽も、立ち上がる人々の姿が重なって、感動的だった。

 団員が舞台から去っても聴衆の拍手は止まず、佐渡さんが舞台袖に出てきて挨拶していたが、聴衆も、きっと、東北大震災と演奏曲目とを重ねて聞いて、心が揺り動かされたにちがいない。

 佐渡さんの心の中にも、東北大震災の被災地や人々への祈りがずっとあったと思う。

 この時期に、佐渡さんがベルリン・フィルを指揮したことに、何かの意思が働いているように感じる。


白川静×内田樹

2011-06-12 01:24:47 | アート・文化

 土曜日、雨の中を、立命館大学(衣笠キャンパス)に行ってきた。内田樹・神戸女学院大名誉教授の「私が白川静先生から学んだこと」という講演会を聴講するためである。

 新聞に「先着500人、直接会場へ」と出ていたので、午後2時開演の2時間前に行ったら大丈夫だろうと出かけたが、ひょっとしたら事前申し込みが必要なのではと心配になり、万が一、講演を聴けなかったときのために、大学近くの龍安寺や仁和寺でも拝観してまわろうと、駅の売店で京都の地図を買った。

 立命館大は、今は北西端の衣笠山麓に引っ越して、交通の便が悪い。私鉄、京都地下鉄と電車を乗り継いで、二条駅バス停で待っていたら、運よくすぐにバスが来て、大学についたのは正午過ぎ。久しぶりに大学というところに足を踏み入れた。雨も上がり、広々とした構内には緑が多くて、気持ちがいい。

 会場の以学館に行ったら、まだ受け付けていなかったので、警備のおじさんに学食を教えてもらい、ご飯、鯖のみそ煮、ゴーヤチャンプルーでお昼を済ませて、再び会場に行くと、すでに数人が並んでいた。事前に申し込みをしていなくてもOKだったので、めでたく先着10人目ぐらいで会場に入れた。

 白川静先生は、もっとも尊敬する学者であり、人間的にも、男性としても魅力的で、私の理想の人である。晩年の文字講話を聞きに行って、ご高齢にもかかわらず、緻密かつ熱のこもったお話に感動した。

 内田樹さんからは、『私家版・ユダヤ文化論』『寝ながら学べる構造主義』を読んで目からうろこを落としてもらい、ブログを愛読しては、ものの考え方、現象のとらえ方を学ばせてもらっている。

 その内田樹さんが、敬愛する白川静さんについて、どんなことを話されるのか、興味深かった。私の中では、白川静先生と内田樹さんとが結びついていなかったから。

 白川静先生の『孔子伝』を軸にして話されたのがまず気に入った。『孔子伝』はご著書の中でも特に感銘を受けた本である。

 以下、講演要旨。

 白川静先生から学んだことは、その文体、祖述するという立ち位置、呪術的な世界構造という見方だという。

 まず、その文体を支えているものは、圧倒的な学問的素養という堅牢な外側と、その背景にあるやわらかな生活者の経験知である。これは、森鴎外、漱石、中島敦、石川淳など、漢文の素養のある人に特徴的な文体で、白川静先生はその最後の人だろう。

 2番目の祖述するということについて。祖述とは、先人の説を受け継ぎ、それを発展させて述べることと『明鏡国語辞典』にある。

 孔子は、周公の治績という理想的な過去の時代について述べることで、だから、われわれも努力することで、そのような素晴らしい世の中を作ることができるのだという可能性を示した。

 幕末から明治にかけての知識人の基本的な姿勢は、海外の最も良質なものを、自国の状況に合わせてパッケージにして、自国の読者に提示するというものだった。

 彼らには、だから、オリジナリティーがないという批判は当たらない。そもそも、オリジナリティーなるものは存在しないのだ。

 祖述するという立ち位置は、オリジナリティーという型にとらわれることから解き放たれ、主体性を回復するものである。

 師と仰ぐレヴィナスは「始原の遅れ」というふうに述べている。「私は他者に絶対的に遅れている」と覚知し、そこから出発するしかない。そういう覚知こそが人間性の核にあるものではないか。 

 白川静先生も、2000年前の古代中国について述べながら、一般論ではなく、同時代の日本人に向かって強いメッセージを放っている。

 3番目の呪術的世界構造という見方について。古代中国は呪詛と祝福に満ちていた世界である。この状況は、現代においても、基本的は変わっていない。

 米原子力空母エンタープライズ号に抗議する新左翼学生のいでたちは、ヘルメット、ゲバ棒、赤旗だった。これは戦国時代の兜、竹槍、旗指物と同じ、きわめて呪術的な光景で、自分の古層が揺り動かされたようなショックを受けた。

 いまの政治家を見ても、イデオロギーや政策論争よりも、プリミティブな身体感覚のやり取りで政党政治が行われている。

 天神地祇を祀るということを、どういう形で現代に回復するかが課題だ。

 大いに同感すると同時に、私が今、考えているいくつかの問題について、考えるヒントをもらった講演会だった。

 講演会場はほぼ満員で、集まった質問用紙はこれまでにない枚数だったと、司会の加地伸行・立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所長が驚いておられた。白川静ファン、内田樹ファン、両方のファンが集まったということだろう。

 来週、再来週も、白川静の『孔子伝』、白川静の漢字教育というテーマで講座が開かれる。できれば、また出席したい。