十和田湖の遊覧船に乗ると、
こういったアナウンスが流れます。
・十和田湖にはかつて魚がいなかった
・水清ければ魚棲まずの言葉通り
・明治時代にヒメマスの養殖を行うようになり
十和田湖のヒメマスが名物となった
ここで相田みつをさんの言葉。
きれいな玄関と床の間だけじゃ生活できねぇんだよあ
人間も汚い部分も一部にあります。
動物ですから。
北島康介さんや大沢悠里さん。
最近引退や30年続いた番組の終了と大御所の引き際が報道されます。
ここで「やりきった感」という言葉が
ご両人からお話しがありました。
これは誰にも通じる話。
どんなに踏みにじられても自分でやりきった感があれば、
満足して人生を終えていくことができます。
充実感は「やりきった感」かもしれません。
昨今ギャンブルの話題が多いようです。
そこで論調として見かけるのが、
・自分の金でギャンブルをやっているからそれはそれでいいではないか
・人を殺したわけではない
・公営ギャンブルではないからいっそのこと東京都内にカジノを公営で作ってはどうか
といった論調です。
ここでかつての記述。
依存 否認
http://blog.goo.ne.jp/a350-1000/e/c15b2765127775b1172cc71d3a8eb924
これは共依存者による第二の否認です。
そして日経のサイトの和田秀樹さんの文章(再掲)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20130821/362040/?rt=nocnt
公営ギャンブルは開催日を毎日とせず、
ギャンブル依存に少しでもなりにくいようにコントロールしています。
また既にギャンブル依存になってしまわれている方の
受け皿として必要です。
なぜなら依存症には治療法が明確に存在しないため
すべて公営ギャンブルをやめてしまうと
違法ギャンブルがはびこってしまうためです。
タバコと税
http://blog.goo.ne.jp/a350-1000/e/c2c999e6c5a3633900b645122b612ba8
首都圏近郊にカジノを作るということは、
ギャンブル依存症者を量産することになります。
日本は社会的にギャンブル依存に寛容な
社会的依存が形成されているようです。
先日のNHK知恵泉の放送は、
二宮金次郎。
二宮金次郎が再建を託されたのは荒廃した栃木県の村。
リンクはBS-TBSのもの。
http://www.bs-tbs.co.jp/retsuden/bknm/28.html
荒廃した農村の再建現場で見たものは、
酒をあおり、ばくちにふける農民でした。
今の日本に通じます。