雑誌『アルバトロスビュー』を見ていると、『もしも、我が子がプロゴルファーになりたいと言ったら』と言う内容が掲載されていた。
雑誌には、結論として、「ゴルフの盛んな、あるいはゴルフの強い高校や大学に進学させる」そして「もしも、卒業後、直ぐにプロテストに受からなかった場合は、研修生では、雑務に忙殺され、練習どころじゃなくなる可能性も有るので、親に頼み込んで、金銭的な援助をしてもらい、ゴルフ付けの生活をして、その時を(プロテストに受かる時を待つ)待つ」というようなことが書いてあった。
「我が子をプロゴルファーにさせたいか?」と尋ねられたら…私自身はNO。
(子供、産んでないんだけれど…)教育の一環としてならゴルフをさせたいと思うだろうけれど、プロゴルファーは…ちょっと待って!と言う感じになるかも。
私から、プロゴルファーになれと、積極的には、勧めない。
何故、プロゴルファーにさせたくないか…きっと、プロゴルファーの光と影の両方を見たからかな?
プロテストは、何歳までに受からなくてはならないと言う、年齢制限(上限)は無い。
(野球の)ドラフトなど、人から判断されて、諦めざるをえないと言う状況も無い。
だから、「ダメだったら、来年もう一度」を、何年でも繰り返せる。
実際に、”プロゴルファーを目指している人”に、どっぷりと漬かったまま、何年も過ごしている人もいる。たくさんいる。
「プロテストの受験料とか、遠征費など、どうしているの?」と尋ねると、「親からの借金」と答える人もいる。
さらに、プロゴルファーは、なるまでより、なってからの方が大変。
プロテストは、誰もが受かれるほど簡単じゃないし、物凄い狭き関門を突破しなければならない。
だけど、突破したからと言って、明日から直ぐに仕事が有るわけじゃない。
何年間か頑張れば、ある程度の収入が保証されているわけでもない。
賞金を稼げるツアーに出るまでに、QT(予選会)に出なければならず、その経費もかさむ。
もしも運良くツアーに参戦出来ても、予選落ちでは、経費も稼ぐことが出来ない(すなわち大赤字)。
昨年、LPGAチャンピオンシップの手伝いに行ったが、ウエイティング(出場予定選手の中で棄権などが有れば、QTなどで成績上位だった選手に、出場機会が巡ってくる)で、わざわざ北海道入りしていた選手がいた。
それでも、結局、その選手には出場機会が巡って来なかったみたいで、大会期間中、ギャラリープラザのLPGAグッズ販売テントに入り、お客様の呼び込みをしていた。
グッズ販売を手伝えば、いくらかでもギャラが入ったのだろうか?
ウエイティングと言っても、練習ラウンドはしたであろうし(プレーフィーがかかる)、北海道までの旅費、宿泊費を考えると、これらを、グッズ販売のギャラで、まかなうことが出来たのかな…?
また、トーナメントに出ても、今をときめく人気選手には、ギャラリーの方々が付いてくれるけれど、無名の選手、また、”昔の”人気選手には、ギャラリーの方々が付いてくれない。
結構女子プロ界ではビッグネームと思う選手でも、今をときめく人気選手には、かなわないのか?(花の命は短い?このあたりのことを見ていても、プロゴルファーがタレント化していると思える)
プロのトーナメントと言えば、ギャラリーが付いていて、良いプレーに対しての歓声や拍手に、片手を挙げてポーズするのが当たり前みたいな、華やかさばかりが目につくけれど、実際は、ギャラリーもいなくて、ただ黙々と”普通に”プレーをしている選手の方が多いかも。
だから、たくさんギャラリーの方々が付いてくれると、それだけ、良いプレーを見せようとする集中力や、1打1打に対する緊張感が途切れにくくなるため、選手にとってはプラスになる。(この点では、人気選手の方が有利?)
億のつく金額を稼ぐプロもいて、プロになれば夢のような生活が待っているかのように思うけれど…。
勝てなければ、成績が悪ければ、経費ばかりのかかるプロゴルファー稼業。
「実力も無いのに、プロテストを通ってしまったばっかりに…プロになんて、ならなきゃ良かった」と溜息をつくプロゴルファーもいる。それだけ、苦しい世界。
プロになって、手放しで喜べるのは、プロテストに受かった時くらいかな?
あとは、本人次第の、容赦の無い実力の世界が待っている。
こういうプロゴルファーの影とか苦しさもたくさん見て来たから…もしも我が子が「プロゴルファーになりたい」と言い出したら、先ず、こういうプロの世界の厳しさを、はっきりと知ってもらうかも。
その厳しさを承知の上で、それでも挑んで行ける”気概”と”才能”の有る子なら、”影”を恐れず、”光”の方向だけを向いて、頑張れと応援する。
ただ、早稲田大学に進んだハンカチ王子こと斉藤佑樹投手が、大学の4年間で「自分から野球を取ったら、何も残らないんじゃなくて、野球を取っても、残る”何か”を見つけたい」と言っていたように、プロゴルファーを目指すにしても、ゴルフを取ったら何も残らない人間じゃなくて、ゴルフを取っても何か残るようにと…もしも、私が親なら、そう願うと思う。
雑誌には、結論として、「ゴルフの盛んな、あるいはゴルフの強い高校や大学に進学させる」そして「もしも、卒業後、直ぐにプロテストに受からなかった場合は、研修生では、雑務に忙殺され、練習どころじゃなくなる可能性も有るので、親に頼み込んで、金銭的な援助をしてもらい、ゴルフ付けの生活をして、その時を(プロテストに受かる時を待つ)待つ」というようなことが書いてあった。
「我が子をプロゴルファーにさせたいか?」と尋ねられたら…私自身はNO。
(子供、産んでないんだけれど…)教育の一環としてならゴルフをさせたいと思うだろうけれど、プロゴルファーは…ちょっと待って!と言う感じになるかも。
私から、プロゴルファーになれと、積極的には、勧めない。
何故、プロゴルファーにさせたくないか…きっと、プロゴルファーの光と影の両方を見たからかな?
プロテストは、何歳までに受からなくてはならないと言う、年齢制限(上限)は無い。
(野球の)ドラフトなど、人から判断されて、諦めざるをえないと言う状況も無い。
だから、「ダメだったら、来年もう一度」を、何年でも繰り返せる。
実際に、”プロゴルファーを目指している人”に、どっぷりと漬かったまま、何年も過ごしている人もいる。たくさんいる。
「プロテストの受験料とか、遠征費など、どうしているの?」と尋ねると、「親からの借金」と答える人もいる。
さらに、プロゴルファーは、なるまでより、なってからの方が大変。
プロテストは、誰もが受かれるほど簡単じゃないし、物凄い狭き関門を突破しなければならない。
だけど、突破したからと言って、明日から直ぐに仕事が有るわけじゃない。
何年間か頑張れば、ある程度の収入が保証されているわけでもない。
賞金を稼げるツアーに出るまでに、QT(予選会)に出なければならず、その経費もかさむ。
もしも運良くツアーに参戦出来ても、予選落ちでは、経費も稼ぐことが出来ない(すなわち大赤字)。
昨年、LPGAチャンピオンシップの手伝いに行ったが、ウエイティング(出場予定選手の中で棄権などが有れば、QTなどで成績上位だった選手に、出場機会が巡ってくる)で、わざわざ北海道入りしていた選手がいた。
それでも、結局、その選手には出場機会が巡って来なかったみたいで、大会期間中、ギャラリープラザのLPGAグッズ販売テントに入り、お客様の呼び込みをしていた。
グッズ販売を手伝えば、いくらかでもギャラが入ったのだろうか?
ウエイティングと言っても、練習ラウンドはしたであろうし(プレーフィーがかかる)、北海道までの旅費、宿泊費を考えると、これらを、グッズ販売のギャラで、まかなうことが出来たのかな…?
また、トーナメントに出ても、今をときめく人気選手には、ギャラリーの方々が付いてくれるけれど、無名の選手、また、”昔の”人気選手には、ギャラリーの方々が付いてくれない。
結構女子プロ界ではビッグネームと思う選手でも、今をときめく人気選手には、かなわないのか?(花の命は短い?このあたりのことを見ていても、プロゴルファーがタレント化していると思える)
プロのトーナメントと言えば、ギャラリーが付いていて、良いプレーに対しての歓声や拍手に、片手を挙げてポーズするのが当たり前みたいな、華やかさばかりが目につくけれど、実際は、ギャラリーもいなくて、ただ黙々と”普通に”プレーをしている選手の方が多いかも。
だから、たくさんギャラリーの方々が付いてくれると、それだけ、良いプレーを見せようとする集中力や、1打1打に対する緊張感が途切れにくくなるため、選手にとってはプラスになる。(この点では、人気選手の方が有利?)
億のつく金額を稼ぐプロもいて、プロになれば夢のような生活が待っているかのように思うけれど…。
勝てなければ、成績が悪ければ、経費ばかりのかかるプロゴルファー稼業。
「実力も無いのに、プロテストを通ってしまったばっかりに…プロになんて、ならなきゃ良かった」と溜息をつくプロゴルファーもいる。それだけ、苦しい世界。
プロになって、手放しで喜べるのは、プロテストに受かった時くらいかな?
あとは、本人次第の、容赦の無い実力の世界が待っている。
こういうプロゴルファーの影とか苦しさもたくさん見て来たから…もしも我が子が「プロゴルファーになりたい」と言い出したら、先ず、こういうプロの世界の厳しさを、はっきりと知ってもらうかも。
その厳しさを承知の上で、それでも挑んで行ける”気概”と”才能”の有る子なら、”影”を恐れず、”光”の方向だけを向いて、頑張れと応援する。
ただ、早稲田大学に進んだハンカチ王子こと斉藤佑樹投手が、大学の4年間で「自分から野球を取ったら、何も残らないんじゃなくて、野球を取っても、残る”何か”を見つけたい」と言っていたように、プロゴルファーを目指すにしても、ゴルフを取ったら何も残らない人間じゃなくて、ゴルフを取っても何か残るようにと…もしも、私が親なら、そう願うと思う。