阿部ブログ

日々思うこと

福井大学医学部附属病院のIoTゲートウェイなど医療ICTの興味深い取り組み

2017年02月05日 | 雑感
福井の永平寺町にある福井大学医学部附属病院を訪問し、山下先生から同病院の取り組みなどお話をお聞きした。

詳細は、下記ご参照だが、冒頭に横浜市神奈川区の大口病院(85床)で入院患者が消毒剤「ヂアミトール」を点滴に混入され死亡した事件について書く。当初内部関係者の犯行との推測でスピード解決かと思われていたが、捜査は難航しており、たとえ容疑者を特定しても、立証が極めて困難で、警察は逮捕に踏み切れていない。注射針や消毒液などを取り扱う人間はそう多くないので犯人の目星はついているだろう。しかし、物的証拠がなく迷宮入りするだろう。そして大口病院の入院患者と通院する人も皆無となった。だが、福井大学病院の場合、大口病院のようなことにはならない。新しくなった新病棟にはセンサーと無線通信網が張り巡らされており、医療従事者や患者さんも含めモニタリングが可能で、大口病院事件のように物証がなく立証できないということはない。素晴らしい取り組みである。

さて、以下です。

○福井大学医学部附属病院では、病棟建て替えを期に全面的に位置情報などのセンサーや近距離通信などのITインフラを導入し、病院経営の効率化と医療従事者の活動可視化などを目指し取組を行っていり。現在も継続して医療の現場でのスマート医療機器や医療データのデジタル化を実施中。目指すのはICTによって、“いつでも・どこでも”必要な情報を活用しながら、患者に寄り添う医療を実現したいという現場の思いを実現すること。しかし、複雑化したIT環境がこの目標を難しくさせている。

○24時間体制で患者の命を預かる病院にとって、医療情報システムは必要不可欠な存在。医療情報システムがなければ診療はままならず、システムには高い信頼性や可用性、そして、患者の大切な個人情報を保護するセキュリティが求められる。それと同時に、ICTの利便性を業務の現場へ提供することで理想的な医療環境をかなえるものでなければならない。加えて急速なICT化は、病院内に複数のシステムやネットワークが乱立する状態を招いた。システムごとに多数のサーバーや端末、ネットワークが存在し、各システムがバラバラなまま、連携も進んでいない。理想的な医療現場を実現するには病院のICT環境を効率化する必要があり、病床600を抱える福井大病院では、約10年前からICT環境の刷新を進めている。医療の現場がICTに期待することとは、いつでも、どこでも(ユビキタス)情報を活用できる環境の実現しようとしている。福井大学病院における医療ICTの刷新は、院長も含めた関係者と意見交換をした結果、無線を含むネットワークを整備し、モバイルデバイスで必要な情報を利用できること、さらには、ナースコール設備を高度化して情報を生かす診療サービスを提供することを目標にした。

○ユビキタスな情報活用の基盤作りでは、まずファットクライアントやワークステーションも含めてバラバラだった各種システムを、サーバーはVMware、アプリケーションはXenAppを利用して集約化。端末からシステムにシンクライアントで接続し、端末では表示用データのみを利用することで、データの本体が端末に残らないことからセキュリティ性が高まった。また、医療情報や医療機器、事務処理、研究、インターネット・電話などに分かれていたネットワークも仮想統合し、共有化を図った。統合ネットワークでは帯域制御によって医療系データを優先的に制御する。認証LANとすることで、機器を接続するだけに適切なLANへ自動的に接続されるようにした。将来を見据えて、IPv6にも対応させている。5000を超えるノードを持つIPv6環境は国内では無く、シスコなど通信ベンダーのテストベッド的な存在となっており、様々バグ取りに精を出している。この面での福井大学病院の貢献は非常に大きいと自負している。

○ICTインフラの刷新による効果の一例では、無線系のトラフィックが従来の5分の1から10分の1程度に減少している。かつては診療開始時刻などに端末からシステムへのアクセスが集中し、CT画像など大容量データを含むトラフィックが発生していたが、シンクライアント化によって転送されるデータ量は大きく減った。会計検査院にこれを知られるとマズイ(笑)。100Gの通信帯域など全然必要ないんだから。

○同時にマルチデバイス化も実現し、ICTの利便性が大きく向上。従来は必要なデータを専用端末でしか利用できず、医師や看護師らが病室と専用端末のある場所を往復しなければならないこともあった。この他にも、Apple好きの医師が結構多く、従来はApple製品を利用できないなどの不満があったものの、シンクライアント化でこれが解消され満足度が高まった。病院に限らずICTインフラの刷新は、時間と根気の要る作業になる場合が少なくないし、技術的な制約も伴い、既存システムに基づく業務プロセスが確立されている場合、現場からの反発もある。現場が情報活用の必要性を感じていても、毎日の業務の流れを変えることは容易ではない。

○如何に院長などトップ層の支持を取り付け、また確固たる意思決定の基でICTインフラの刷新を進められるのがポイントで、院長以下の全面的な同意を取り付けることが出来たのは幸い。この背景には、病院幹部が情報活用の必要性を強く感じていたからで、現場を含む院内への説明には、映画「マトリックス」のシーンを用いて説明した。これが良かった。コードが映像の上下左右から流れてくるあの印象的なシーンを使ったのだが、素人にクラウドとかIT用語満載で説明してもムダ。これが一番。ユビキタスな情報活用と聞いてもイメージしにくいが、登場人物の周りに情報があふれている映画のシーンを見ると分かりやすい。ICTインフラの刷新によって、医師や看護師はどこにいても、必要な時に必要な情報を利用できるようになった。病室では患者の側にいながらタブレット端末から電子カルテを閲覧してコミュニケーションをとったり、情報を入力したりできる。カートに積載された専用端末を壊さないようにと、気を使いながら回診する負担も解消された。また福井大病院は医学部の付属病院であることからも、学生が現場で教授と同じ画面をタブレットで見ながら講義を受けることもできるようにしている。

カートに積載された専用端末とセンサーなど附属備品一式


○また、患者の不安を和らげる効果も。例えば、従来は手術前のインフォームドコンセントを専用端末がある診察室でしなければならなかった。診察室に呼ばれる患者さんの不安は相当なもの。それが病室のベッドでもできるようになった。
 
○病院では古くからPDAなど利用されていたが、現在のスマートフォンやタブレットに比べれば筺体が重く大きく、駆動時間が短い、また機能も少ないため、現場の評価は芳しくなかった。現在のスマートフォンやタブレットは従来の課題の多くが解決され、一般にも普及していることから使いやすく、医療現場のニーズに応えやすいものになっている。ただし紛失などのセキュリティリスクが高いことや、機動力を得るために無線環境が必要になるといった課題が残るため、ICTインフラの刷新でモバイルデバイスに起因する課題を解決しようと努力している。

○福井大病院では2014年からナースコールシステムの高度化を目指す実証実験にも取り組んでいる。ナースコールシステムを院内の情報システムと連携させて医師や看護師により多くの情報を提供し、迅速かつ適切な対応を可能にしたい。従来のPHSでは呼び出しをした患者の病室しか分からず、看護師は現場に駆けつけて状況を確認し、それから必要な準備や対応を始めなければならなかった。ナースコールを高度化することで、呼び出しと同時にスマートフォンへ患者の名前や所在、呼び出した理由、状況を通知できるようになり、適切な対応がとりやすくなる。例えば、感染症のような場合なら担当者以外のスタッフが駆け付けることになっても、事前に感染防止のための準備などができる。将来はナースコールという言葉が消えるだろう。

○実証実験では病院内に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した屋内GPS機能を搭載するIMES(Indoor MEssaging System)を935カ所に設置。看護師らの所在や移動の測定、医療機器などの管理もできるようにした。看護師が持つスマートフォンから位置情報を取得することで、移動など業務の様子を可視化する。可視化された情報を分析して病院内での動線の改善につながっている。
 
IoTゲートウェイの内部構造
WiFi、Bluetooth、ZigBee、IMES(GPS)が組込まれている
  

○IoTゲートウェイは、WiFi又はEthernetによる通信と制御をベースとし、Bluetooth(BLE)、ZigBee、IMESを搭載(必要なものを選択可能)する。この装置は、山下先生が構想したもので、横浜のCovia社が「UM-120」として販売している。同社は、どれも位置情報と関連するモジュールを実装しているが、それぞれの特徴を生かした利用を考えて、特性により利用方法を分けている。Bluetooth(BLE)は、医療機器への組み込みも増えており、また低電力になっていることから、近距離でのデータ通信としての利用が可能で、分散配置された医療機器からのデータ取集への応用が可能。これに加えて、ビーコンとしてのスマートフォン等へのPUSHサービス、またエリア単位での位置情報提供が可能。

○ZigBeeは、もともとセンサーネットワークとして低消費電力であることや、ネットワークが自動構成できるなどの特徴があり、医療機器等からのアラームなどの小容量データを位置とともに通知する利用が可能である。メッシュネットワークの特徴を生かして、エリア単位での位置情報としても利用できるため、患者の転倒や医療機器の状態監視などへの応用が期待できる。

○IMESは、屋内外のシームレスな位置測位を可能にするシステム、準天頂衛星(QZSS)初号機「みちびき」を開発する過程で、JAXAが民間企業と協力して開発した日本独自の技術。IMESは、米国のGPS衛星と同じ周波数を、特別の許可を得て使用し、屋内に設置する送信機から、その場所の経度・緯度・高さ情報を提供する。システム利用にはJAXAの認証が必要。福井大学病院のIoTゲートウェイも同じだが、設置する緯度・経度・高さ情報をIMESチップに仕込むと際、JAXAの方で国土地理院の「場所情報コード」と言う一意の番号が割り振られる。場所情報コードは、日本の国土地理情報の要である「電子基準点システム」に組み込まれた、所謂、日本政府が認める「公の位置情報」となることから、医療・介護・教育・公的認証システムとの連携などが可能となっている。2017年~2018年にかけてJAXAが追加のQZSS衛星3基を打ち上げ、GPSとQZSSとの相互運用が可能となる。地上局での位置情報補正・補強サービスにより、センチメートルオーダーでの位置測位が可能となる為、産業界で注目されている。

○福井大学病院の新しい病棟は、完全に無線LAN化し有線LANは無くした。しかし、品質の高い無線LAN環境の構築と運用の難しさがある。チャネル割り当てが複雑になればローミング(アクセスポイント間移動)による影響で接続が途切れることも問題になるし、そもそもチャネルエリアを3次元できれいにプランすることに限界を感じていた。何とかネットワーク品質を確保しつつ、管理の手間やコストを下げる方法はないかと検討を続けてきた。無線LANは、2.4GHz帯や5GHz帯を使って通信する。ただし2.4GHz帯はコードレス電話やBluetooth通信に加えて、多くの医療機器が使用する過密地帯の周波数で、電波干渉を受けやすい。しかも通常は、アクセスポイント間で干渉が起きないように、1ch-6ch-11chなど基本的に5チャネル以上間隔を開けた3つのチャネルの組み合わせで、各アクセスポイントの割当てを設定して運用する(IEEE802.11gという無線通信規格の場合)。 ところが多層階の建物では、平面で隣り合う電波エリア(セル)の重なり部分では干渉は起きなくても、天井や床下から突き抜ける電波エリアとのチャネル干渉が発生するなどして、通信状態が劣化してしまうことが多い。安定した通信のために多くのアクセスポイントを配置すればするほど、各フロアのチャネル設計や電波強度の設定は煩雑になる。多層階の無線エリアでは理想的なチャネル設計など不可能に近く、そうした運用から解放されたいという強い思いがあった。PHS電話から無線LANベースのIP電話への移行やiPadなど多様な無線デバイスの利用拡大、さらにユビキタス医療の実現を考えると、将来のチャネルを増設するための周波数帯を空けておきたい。新しい取り組みに挑戦しようとすれば、ブレークスルーが必要だ。結論としては、無線LAN環境に仮想技術を適用したシングルチャネル化にチャレンジし、これを成功させた。

○つまり、複数のアクセスポイントで構成される電波のカバーエリアを1つの仮想化したセルとして扱うバーチャルセルの技術と、1つのバーチャルセルをシングルチャネルで運用する技術を採用したのだ。そのソリューションとしては、メルー・ネットワークスのバーチャルセル・シングルチャネルデプロイメント技術を実装した無線LAN装置。一般的な無線LANは、複数のアクセスポイントに異なるチャネルを割り当てた、マイクロセルと呼ばれる空間で伝搬環境を作る。それに対してメルー・ネットワークスは、複数のアクセスポイントに1つのチャネルを割り当て、1つの仮想的なセル(バーチャルセル)としてエリアを構築する。隣同士のアクセスポイントで同じチャネルを使って通信すると、通常は電波干渉を起こす。しかし、同社のシングルチャネルデプロイメントという技術を利用すれば、1台のコントローラで隣接するアクセスポイントやクライアントを把握して、通信をコーディネートできる。

○シングルチャネル化した仮想エリアを構成すれば、アクセスポイントを移動しても通信が途切れることはないし、電波が届きにくく通信状態が悪い場所があれば、アクセスポイントを追加するだけでいい。何といっても、チャネル設計や調整、無線LAN機器の運用管理の手間がかからなくなり、運用コストの削減も可能になった。福井大学病院は、1台で最大300台のアクセスポイントを制御できるモデルのコントローラを導入。病院全体と医学部用に、それぞれ1つのチャネルと1つの仮想セルで運用している(もう1チャネル・仮想セルを他学部用に設置)。現在、病院内には約300台、医学部用は約200台のアクセスポイントを設置。通常、無線LANのアクセスポイントは病院内の廊下の壁上部や天井の見通しのよい場所に設置することが多いが、福井大学病院では各フロアの天井裏に設置している。

○福井大学病院では、2人の看護師がパートナーを組んで患者を継続的に看護する「パートナーシップナーシング」を取り入れている。看護に対する成果と責任を共有しながら、1人が看護を行い、もう1人がタブレットから電子カルテに記録するというもので、1人で何役をこなすよりも、患者に寄り添う看護ができると期待されている。IMESにより位置情報がとれるようになり、動線の改善やパートナーシップナーシングに取り組んだ結果、福井大病院では看護師の業務負担が改善され、残業時間も大幅に減少するなど成果を得られている。看護師の業務環境はどの病院でも大変に厳しく、定時で帰宅できるようなところはまずない。看護師が働きやすい環境作りにもICTは欠かせない。病院全体で2億円の人件費削減となっており、効果の高さを実感している。

○ナースコールシステムの高度化は患者への新たなサービス提供も可能とすると考えている。例えば、食事のメニューや診療、検査といった1日のスケジュールといった連絡事項は、看護師が巡回時に患者へ伝える場合が多い。病室にタブレットを用意することで、患者はいつでも必要な情報を得ることができる。医療分野ではメガネ型や時計型といったウェアラブル端末に対する期待も非常に高い。メガネ型端末なら、ディスプレイに表示された情報を見ながら両手で作業ができる。ウェアラブル端末で記録されたバイタルデータなどの健康情報と電子化カルテの情報を連携できれば、予防診療が可能になる。増加する一方の医療費の抑制にもつながるという。こうした取り組みは決しって特別なことではないし、ICTの活用は社会の抱える様々な課題の解決に貢献する。

○福井大学病院では、日本で初めてコンテナ型のデータセンターを構築運用している。コンテナは神戸で直接買い付けた。1基100万円。冷凍型コンテナなので夏も冬も問題なし。雪も問題ない。コンテナはコンテナ船では10個積み上げて輸送するので、雪など問題外。この船舶用冷凍コンテナは8棟。2棟に無停電電源装置用で、4棟にHIS系システム(HISサーバー、HISストレージ、データの長期アーカイブ用システム、PACSなど画像系システムが各1棟)。2棟に心電図や麻酔など医療機器用システムを配置。冷房装置は1カ所に室外機を集め、各コンテナの冷房機に冷気を送っている。船舶用冷凍コンテナは赤道直下で冷凍機が故障しても1週間は中の品物が溶けないといわれるほど断熱性が高い。冷房効率は非常に高く、耐火性もある。

 
○電源系統は異なる2系統から受電し、両系統が遮断した場合は無停電電源装置で約1時間は給電できるほか、商用電源遮断から3分後には病院の非常用電源(発電機)が起動。さらに、非常用電源による給電が逼迫した際には、無停電電源装置用コンテナに非常用電源車を横付けして給電できるように、配電盤に接続端子を設けた。システムへの給電系統の冗長化も万全である。建物内のサーバールームより災害対策が取りやすいのも、コンテナ型サーバールームの利点。非常用電源車は、計画停電の際にもサーバーは停止させることなく稼動可能。

○今は、徐々に新築の病院施設内にサーバーとストレージ等を移管しつつあり、コンテナは最終的に廃棄する計画。しかし、病院内に移設すると電気代が高くなっており、コストの面で問題だと考えているが、これは仕方がない。(既に半分のコンテナは空になっているようで施錠されていなかった。)

センサとインフラモニタリング

2017年02月04日 | 雑感
センサとは、人間の五感に相当する感覚や自然界における物理的現象、及び化学的性質などの情報をデバイスによって読み取り、機械が認識できるように電気的信号に変換する装置のことである。センサは、半導体デバイスを基盤として技術開発が進められており、IoTやビッグデータ解析の入力となるデータ取得の入り口として、その重要性は増している。特にリアル空間に実装されるセンサは、気候変動など自然災害、インフラモニタリング、健康促進など、地球的課題解決に資する重要な技術要素である。

このように重要な技術要素であるセンサを、社会全体に張り巡ら、冒頭に述べた地球的課題を解決しようとする取組みが展開されている。これは、「Trillion Sensors Universe」と呼ばれ、2012年、起業家Dr. Janusz Bryzek氏が提唱した構想で、社会に1兆個を超えるセンサのネットワークを張り巡らせ医療・ヘルスケア/流通・物流/農業/社会インフラなど広い範囲にセンシングされたビッグデータを解析して、安全・安心な社会を実現することをめざしている。

Trillion Sensors Universeのような構想が提唱される背景には、センサの低価格化と小型化、通信コストの低減などがある。従来のM2M(Machine to Machine)におけるモノのネットワーク化の対象は、センサや通信モジュールの物理的制約やコストが影響し、高価な機器や産業機械など大型機器が中心であったが、近年の技術開発の成果により、スマートフォンなど小型の機器、厳しい自然環境やノイズが激しい工場など、様々な場所に設置できるようになり、センサの適用範囲が拡大し、様々なセンサが開発され社会実装されるようになっている。

今後のセンサ開発の方向性は、高感度化、低消費電力化、防水・防塵化、小型化であり、センシングしたデータを送信する無線通信の大容量化なども重要視されている。特にセンサの小型化は所謂、微小化であり、半導体微細加工技術やマイクロマシニング技術を駆使したμレベルでのセンサ開発が欧米で精力的に進められている。2010年以降、細胞や生体高分子をセンサプラットフォームとするバイオセンサの研究が活発化しており、生体分子や細胞と電子デバイスを融合したハイブリッドセンサ(センシングは生体分子、信号処理は電子デバイス)なども研究も盛んである。これらバイオ系センサは、マーケットが不明確であるため基礎研究の域を超えることが出来ずにいるのが現状である。

急速に劣化するインフラの維持管理においてアセットマネジメントを適切に運用する必要性から、劣化予測技術の向上のためにセンサを用いたモニタリングシステムやロボットなどの技術開発が進められ、インフラ長寿命化とライフサイクルコスト低減を目指した取組が進められている。中でもセンサの設置による遠隔監視などの研究開発が進展しており、加速度センサ、圧力センサ、超音波センサ、赤外線センサなどが利用されている。

我が国におけるインフラモニタリングの事例としては、劣化した橋梁の損傷進展の検知を目的としたモニタリングや、鉄道橋については、電車の運行の安全性を判断するために加速度センサやひずみセンサなどによるモニタリングが実施されている。トンネルについては、地すべりや膨張性地山など変状の懸念がある場合や、塩害等で鉄筋腐食の懸念がある場合において、化学系センサによるモニタリングが行われている例がある。また、走行しながらトンネル覆工の表面を連続的に撮影するトンネル覆工検査車等を用い、画像で覆工の状態の検査、診断を行っている事例がある。法面については、地すべり危険箇所にセンサと無線通信機器、GPS受信機を設置しており、崩落防止用アンカーやネット等にセンサーを併設したモニタリング事例がある。

米国においては、シルバー橋崩落死傷事故(1967年)や、マイアナス橋崩落事故(1983年)など、「荒廃するアメリカ(1981年)」に著されたように、第二次世界大戦前のニューディール政策により大量に建設された社会インフラで数多くの事故が発生して社会問題化した。これらの事故を受け、米連邦政府は、社会インフラへの維持管理を推進するために、NBIP(National Bridge Inspection Program)を1971年に導入し、橋梁の点検検査規準、台帳を整備した。またPONTIS(橋梁の点検検査結果のデータベース化と、健全度評価・劣化予測を行う橋梁マネジメントソフトウェア)によるアセットマネジメントへの取り組みが、1990年以降行われている。このような取り組みおよびモニタリングの試行にも関わらずミネアポリス橋梁(I-35W)の崩落で9人が死亡し、104名が負傷・行方不明となる重大事故が発生した。

橋梁崩落は、目視検査によるPONTISの劣化予測精度の課題が顕在化したとの反省を踏まえ、米国連邦運輸省(USDOT)の機関の一つである連邦道路管理局(FHWA)のR&D部門で2006年から20年間を目途としてLTBPP(Long Term Bridge Performance Program)を立ち上げ、橋梁に関する科学的に質の高いデータを、高度なセンサ技術を駆使して収集している。また、2008年からNIST(National Institute of Standards and Technology)によるモニタリングシステムの研究開発が進められている。
英国では、建設後100年近く経過した、「世界で最も老朽化した地下鉄」であるロンドン地下鉄において、トンネル内の覆工の劣化や地下水圧による経年変化を監視するためにセンサや無線通信を用いたモニタリングが2006年から行われている。その他にも、欧州では、複数の社会インフラにおいてセンサーを用いたモニタリングが行われており、その多くが予防保全の導入によって維持管理コストを低減することを目指している。下記に、海外のインフラモニタリングの事例を掲載する。

近年、インフラメンテナンスの実証実験などでは、光ファイバーやMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)、ICタグ、データ転送技術等のモニタリング技術が用いられるようになっている。最近特に注目されているセンサがAE(Acoustic Emissio)センサである。このセンサは、材料が変形または亀裂が発生する際に、材料から発生された弾性波(超音波領域:数10kHz~数MHz)を捉えて、亀裂・欠陥等の動的進展を感知するセンサであり、インフラモニタリングの精度を高めると期待されている。
また、今後の展開が期待されるセンサとして、科学技術振興機構(JST)が進める 「戦略的創造研究推進事業(Exploratory Research for Advanced Technology; ERATO)の染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトで開発された有機エレクトロニクスデバイスを、インフラ分野にも応用しようとする動きがある。

このデバイスは、世界最軽量 (3g/m2) かつ最薄 (2µm) の高性能有機トランジスタ集積回路を、1.2µm厚のポリエチレンテレフタレート基板上に作製したもので、超フレキシブルで高耐久な回路の実装に成功している。このデバイスの厚さは、一般家庭にあるプラスチック・ラップの5分の1の薄さで、標準的なオフィス用紙の5分の1の軽さ。デバイス上には有機トランジスタの集積回路によるタッチセンサが構成され、非常に柔軟なセンサとなっている。このデバイスを引き伸ばしても、電気的・機械的特性の劣化がなく、233%まで伸長させることが可能。人間の皮膚の伸長は75%と言われているので、非常に柔軟なデバイスであることがわかる。この有機エレクトロデバイスをインフラ分野に適用しようする取組が検討されている。使い方としては、コンクリートなどインフラ構成物に貼り付けて直接センシングする考えで、電気の使用も最小化できるために、長寿命なセンサとして利活用可能だと考えられている。

最近、米国メリーランド大学の研究者が最低でも20年、平均30年の寿命を持つモニタリング用センサを開発し、スピンアウト企業からインフラモニタリング用センサとして提供が開始されている。我が国においてもセンサの耐久性向上のための研究開発を推進する必要があるが、MEMSセンサであれば、周辺回路を構成する電子部品を含めた集積化を行い、劣化要因の一つである湿気から回路を隔離したパッケージ化によって耐環境性能を向上させる可能性がある。国内のセンサメーカーでは、バリア付き高機能フィルム材料を利用したフィルム埋込み型センサーの開発などを精力的に進めている。今後、厳しい自然環境下での運用が可能な様々なセンサーシステムを早期に開発・製品化する必要がある。

しかし、センサ自体が大量生産により低コストになっても、システム運用に必要な制御系設備や設置費用、保守管理費用等も低コスト化しなければ、システム全体としてのコストは下がらない。低コスト化の技術として、センサ機器システムの集積化技術等、製造技術の革新が必要である。特に定置型のモニタリング技術のうち振動を測定する加速度センサは、測定周波数範囲の拡張、高分解能化、低消費電力化、MEMS技術等による小型軽量化が重要である。多数個で長期間監視モニタリングを実現させるには、広域設置を容易とするマルチホップネットワーク技術、エネルギーハーベスティング技術、蓄電技術、センサ内での一次信号処理によるデータ量圧縮、消費電力の低減、通信タイミングの最適化などの研究開発も必要である。
広範囲の常時モニタリング技術に有利な光ファイバセンサは、高精度でひずみを連続的にモニタリングするセンサと地震・災害時に安全性を評価するセンサでは基本的に光ファイバーの仕様が異なる。このため、各々のニーズにマッチングしたセンシング技術の高度化が必要で、併せて画像処理・解析技術、高精度にひずみを計測するレーザーセンサ、設置環境から腐食を予測する技術等の新しい技術の開発も重要である。

インフラに設置した様々なセンサや点検等から得られる大量のセンシングデータからインフラの状態を総合的な診断を行うには、急速に発展するICTの活用が必須である。2010年以降、大量のデータを用いて解析を行うビッグデータが注目されているが、インフラ分野への適用も期待される技術である。インフラに設置されたセンサからのデータや目視等の点検などから得られる複数種類のデータからインフラの状態情報を抽出するためは、蓄積されたデータの統計処理、構造シミュレーション、データマイニングといった解析技術の活用が重要である。下記に、分析レベルと主要な分析手法等を掲載する。

ビッグデータ解析によって得られたインフラの状態情報は、インフラの総合診断に活用され、「診断情報」としてインフラの寿命・余寿命予測、健全性指標、ライフサイクルコスト低減指針などの重要な情報を出力する。診断情報」は、インフラ管理者が運用するアセットマネジメントシステムで利用され、インフラ維持管理に活用されることになる。また、地震や台風といった災害時においても「インフラ健全性」といった情報を活用でき、自治体などの防災管理者を通して地域住民や利用者に対しての「安全・安心」情報の発信といった社会への貢献も期待できると考えられる。

インフラ分野におけるロボット開発は、1980年代の遠隔操作式水中調査ロボットや建築物の外壁タイル剥離検知システムなどが開発され、約30年の歴史を有している。しかし、DARPAのロボットチャレンジや、自動運転、ドローン、福島原発事故向けロボットなどが注目されるようになり、改めてインフラ分野におけるロボットが精力的に行われるようになっている。インフラ分野におけるロボットには、高所・狭所・有害環境下などの人が容易に行けないところでの複数のセンサによるセンシングと点検などの手段として期待されるが、インフラ健全性を把握するセンサ技術の開発と、目的とする測定箇所にロボットを誘導する操作性が要求され、産業用ロボットとは異なり高い技術レベルが要求されるため、普及は進んでいない。

普及を阻むもう一つの原因として、インフラには同じ構造のものがきわめて少ない点にある。投入されるロボットもそれぞれの構造・形状に向けたカスタマイズが必要になるパターンが多く、投入箇所の状況が把握できていないなど、インフラ維持管理のニーズとロボット技術のシーズのマッチングが困難である。しかし、インフラ分野におけるニーズとしてロボットに期待される技術分野だけでも、移動パターン(空中、水中、悪路、壁面、管内など)、作業条件(限界作業時間、遠隔操作性能、耐候性、防爆性など)、センシング(位置・方向検知、対象部分との離隔自動計測機能、微調整機能など)の他多岐にわたる。今後、深刻となるインフラ点検の高齢化と人材不足要員を補う一つの対策としてロボット技術導入の位置づけは極めて大きいものがある。

センサの課題として一番に挙げられるのが、電源の問題である。電源が電力網から安定的に供給される場合には問題無いが、電力インフラから離れて自律的にセンサが長期間駆動する環境にある場合には、蓄電池の長寿命化や、エネルギーハーベスト技術と組み合わせるなどの工夫が必要である。これを改善するために、センサを微小化し極微小の電力で駆動するセンサの開発が進められている。また、センサは設置した後、何もしなく良いわけではない。特に精密なセンシングデータを取得するセンサについては、定期的に校正作業を行う必要がある。その為、校正を担当する要員がセンサ設置場所に容易にアクセスできる必要がある。特に重要で見過ごされがちなのが時刻同期である。

センサのデータは、設置されている位置情報と精確な時刻が合わさって、初めて意味のあるデータとなる。位置情報に関しては地図情報や屋外であれば、GPS(Global Positioning System;全地球測位システム)から取得可能である。精確な時刻を得るにもGPSが活用できる。GPS衛星には、3000万年に1秒の誤差と言うセシウム原子時計が搭載されており、GPS波から取得が可能である。しかし、屋内や地下、GPS信号の受信が難しい環境下にあるセンサの時刻同期が課題となっている。センサの時刻同期を解決する為に、チップスケール原子時計(Chip-Scale Atomic Clock;CSAC)が開発されている。この小型原子時計は、DARPAによって当初軍事用として開発され、2011 年に米国企業より民生品の販売が開始されている。チップスケール原子時計は組込み基板にも搭載可能な数センチ角サイズで、従来の水晶発振器(クオーツ)より時刻精度を格段に向上させることが可能で、ネットワークが途絶された環境下でも時刻精度の維持が可能である。

センシングデータに、高精度な時空間インデックス(時間情報および空間情報)を付与することで、実空間情報のデータ取得が可能となり、ファクトリーオートメーションやインフラモニタリング、分散するクラウド間の同期処理などの分野で必要とされる技術である。また、リアル空間とサイバー空間が融合するIoT/CSPを実現する上でも、マシンタイムレベルでの超高精度時刻同期は必要不可欠な技術である。