門田隆将の『狼の牙を折れ~史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部~』を読了。
『死の淵をみた男』と『太平洋戦争 最後の証言~陸軍玉砕編~』に続く、門田本の3冊目。この2冊と同様に『狼の牙を折れ』も一気呵成に読み通す事が出来たのは、門田さんの地道な取材の成せる技だ。
※過去ブログ→東京電力・福島第一原発の吉田所長を偲ぶ ~東京都市大学・高木直行教授を訪問して~
東アジア反日武装戦線の事は、1987年に発売された『狼煙も見よ』を読んでいたので知っていたが、『狼の牙を折れ』は容易に窺い知れない公安からみ見た爆弾テロの捜査から逮捕に至る経過を捜査関係者の実名を挙げて書き上げており、しかも、警察の派閥抗争も絡めているので、公安モノが好きな御仁にも満足いける内容に仕上がっている。この本は、竹内明の『ドキュメント秘匿捜査~警視庁公安部スパイハンターの344日~』と同様に、捜査現場の過酷さ、厳しさが身に沁みるし、大変な仕事だつくづく思わせるものだ。日々、第一線で勤務されている警察官の皆さん、特に身分を隠して職務遂行されている皆さんに敬意を表する。
『狼の牙を折れ』で面白かったのは、愛宕警察署の裏にある「極左暴力取締本部」、略して「極本」と言う裏本部の存在。今も愛宕警察署の裏には、窓のない重厚なビルが建っている。このビルは、明らかに、いわくありげなビルで、Googleマップでも無記名。ある種、わかりやすい施設で、近隣の住民や通勤などで見かける人達は、何やら妙ーなビルだな~と思うだろう。好気を感じさせるこの手の施設は、公安には相応しくない。
さて、東アジア反日武装戦線は、三菱重工、三井物産、帝人中央研究所、大成建設、鹿島建設などの爆破事件を引き起こしたが、実は彼らの一番最初の爆破事件は三菱重工ではなく「興亜観音・殉国七士之碑爆破事件」。
興亜観音は、第二次上海戦から南京攻略戦を戦い抜いた松井石根陸軍大将が建立した観音像。「殉国七士之碑」は松井大将を含むA級戦犯として刑死した板垣征四郎、木村兵太郎、土肥原賢二、東條英機、武藤章、広田弘毅の冥福を祈る鎮魂の碑。まあ、彼らから見るとA級戦犯は、日本帝国主義者の最たるものなのだろうが、よくよく考えてもらいたい。彼らは単なる中間管理職。指示された事を実行しただけだ。死刑にするなら、太平洋を逃げ回って、かつ謎の反転を繰り返した日本海軍軍人を、我々日本人は断罪するべきだろう。日本海軍こそ、太平洋戦争の最大の敗因を作り出した組織だから。
話を元に戻すと、「興亜観音・殉国七士之碑」爆破はいただけない。それに興亜観音と殉国七士之碑の間にあった「大東亜戦殉国戦士一〇八八霊位供養碑」にも鉄パイプ爆弾を仕掛けたし! 彼らが捕まったのは、国が掲げる大義に殉じた戦士が祟ったのです。
さて、自分が何故、東アジア反日武装戦線に関心をもつのか? それは大道寺夫婦が、釧路出身だと言うことにある。実は、若い頃、釧路に居た事がある。
赴任する時「半袖は要らないから置いていけ」と言われ??だったが、7月の釧路に着いてわかった。寒い!道央と道東では、こんなにも気温が違うものか。ココでの勤務はキツそうだな~と思ったが、思った通り、危うく死にそうになったし、心も極度の緊張と恐怖で傷ついた。今でも夜「うぉー」と叫んで飛び起きる事があるが、これは道東や近海での任務の記憶がそうさせる。
東アジア反日武装戦線は、この釧路から根室に至る人気の無い海岸で爆弾の試験を行っている。大道寺夫婦が育った釧路や道東の土地が分かるから「狼煙を見よ」を読んで極めてリアルに感ずるのだ。自分の経験から現地の塩の匂いやら、海中に漂う昆布や石炭が混ざった海岸の雰囲気がアリアリと想起される。
しかし、東アジア反日武装戦線に対して関心を持つ最大の理由は、釧路云々ではなく別にある。
大道寺夫婦や他のメンバーの人生経路を知るにつれ、今では東京で椅子に座って仕事している自分も、間違ったら彼らのような道を歩む事になる可能性は「ゼロ」では無かっただろうと考える。正直、彼らの思想はともかく、ある種共感を感ずる所もある。今の20代30代の、景気の良い時代の日本を知らない若者達が「狼煙を見よ」を読むと、それなりに共感する人は少なくないだろう。小林多喜二の「蟹工船」が読まれる平成の世にあって、今の公安や自衛隊の情報本部などはどのように分析しているのだろうか? 共産党が議席の伸ばしているのは、決して偶然ではなく、実際に貧困の若者たちの生活相談に乗ってくれるのは共産党など左側にいる団体なのだから。それだから彼らも清き一票を投じているのだ。若者が置かれている生活環境を知らずして分析すると読み誤る。
「狼の牙を折れ」や「狼煙を見よ」を読んで、若い頃を思い起こすが、20代の汗と涙と泥と血、緊張と恐怖に彩られた環境から、今自分が置かれている環境を想像する事は難しい。何故今のようになっているのかは本人ながら判然としない。自分で人生経路を決めてきたという実感はない。ただ最近は、ひたすら「今」を生き抜きたいと思っている。
そろそろお迎えも近いかな~
『死の淵をみた男』と『太平洋戦争 最後の証言~陸軍玉砕編~』に続く、門田本の3冊目。この2冊と同様に『狼の牙を折れ』も一気呵成に読み通す事が出来たのは、門田さんの地道な取材の成せる技だ。
※過去ブログ→東京電力・福島第一原発の吉田所長を偲ぶ ~東京都市大学・高木直行教授を訪問して~
東アジア反日武装戦線の事は、1987年に発売された『狼煙も見よ』を読んでいたので知っていたが、『狼の牙を折れ』は容易に窺い知れない公安からみ見た爆弾テロの捜査から逮捕に至る経過を捜査関係者の実名を挙げて書き上げており、しかも、警察の派閥抗争も絡めているので、公安モノが好きな御仁にも満足いける内容に仕上がっている。この本は、竹内明の『ドキュメント秘匿捜査~警視庁公安部スパイハンターの344日~』と同様に、捜査現場の過酷さ、厳しさが身に沁みるし、大変な仕事だつくづく思わせるものだ。日々、第一線で勤務されている警察官の皆さん、特に身分を隠して職務遂行されている皆さんに敬意を表する。
『狼の牙を折れ』で面白かったのは、愛宕警察署の裏にある「極左暴力取締本部」、略して「極本」と言う裏本部の存在。今も愛宕警察署の裏には、窓のない重厚なビルが建っている。このビルは、明らかに、いわくありげなビルで、Googleマップでも無記名。ある種、わかりやすい施設で、近隣の住民や通勤などで見かける人達は、何やら妙ーなビルだな~と思うだろう。好気を感じさせるこの手の施設は、公安には相応しくない。
さて、東アジア反日武装戦線は、三菱重工、三井物産、帝人中央研究所、大成建設、鹿島建設などの爆破事件を引き起こしたが、実は彼らの一番最初の爆破事件は三菱重工ではなく「興亜観音・殉国七士之碑爆破事件」。
興亜観音は、第二次上海戦から南京攻略戦を戦い抜いた松井石根陸軍大将が建立した観音像。「殉国七士之碑」は松井大将を含むA級戦犯として刑死した板垣征四郎、木村兵太郎、土肥原賢二、東條英機、武藤章、広田弘毅の冥福を祈る鎮魂の碑。まあ、彼らから見るとA級戦犯は、日本帝国主義者の最たるものなのだろうが、よくよく考えてもらいたい。彼らは単なる中間管理職。指示された事を実行しただけだ。死刑にするなら、太平洋を逃げ回って、かつ謎の反転を繰り返した日本海軍軍人を、我々日本人は断罪するべきだろう。日本海軍こそ、太平洋戦争の最大の敗因を作り出した組織だから。
話を元に戻すと、「興亜観音・殉国七士之碑」爆破はいただけない。それに興亜観音と殉国七士之碑の間にあった「大東亜戦殉国戦士一〇八八霊位供養碑」にも鉄パイプ爆弾を仕掛けたし! 彼らが捕まったのは、国が掲げる大義に殉じた戦士が祟ったのです。
さて、自分が何故、東アジア反日武装戦線に関心をもつのか? それは大道寺夫婦が、釧路出身だと言うことにある。実は、若い頃、釧路に居た事がある。
赴任する時「半袖は要らないから置いていけ」と言われ??だったが、7月の釧路に着いてわかった。寒い!道央と道東では、こんなにも気温が違うものか。ココでの勤務はキツそうだな~と思ったが、思った通り、危うく死にそうになったし、心も極度の緊張と恐怖で傷ついた。今でも夜「うぉー」と叫んで飛び起きる事があるが、これは道東や近海での任務の記憶がそうさせる。
東アジア反日武装戦線は、この釧路から根室に至る人気の無い海岸で爆弾の試験を行っている。大道寺夫婦が育った釧路や道東の土地が分かるから「狼煙を見よ」を読んで極めてリアルに感ずるのだ。自分の経験から現地の塩の匂いやら、海中に漂う昆布や石炭が混ざった海岸の雰囲気がアリアリと想起される。
しかし、東アジア反日武装戦線に対して関心を持つ最大の理由は、釧路云々ではなく別にある。
大道寺夫婦や他のメンバーの人生経路を知るにつれ、今では東京で椅子に座って仕事している自分も、間違ったら彼らのような道を歩む事になる可能性は「ゼロ」では無かっただろうと考える。正直、彼らの思想はともかく、ある種共感を感ずる所もある。今の20代30代の、景気の良い時代の日本を知らない若者達が「狼煙を見よ」を読むと、それなりに共感する人は少なくないだろう。小林多喜二の「蟹工船」が読まれる平成の世にあって、今の公安や自衛隊の情報本部などはどのように分析しているのだろうか? 共産党が議席の伸ばしているのは、決して偶然ではなく、実際に貧困の若者たちの生活相談に乗ってくれるのは共産党など左側にいる団体なのだから。それだから彼らも清き一票を投じているのだ。若者が置かれている生活環境を知らずして分析すると読み誤る。
「狼の牙を折れ」や「狼煙を見よ」を読んで、若い頃を思い起こすが、20代の汗と涙と泥と血、緊張と恐怖に彩られた環境から、今自分が置かれている環境を想像する事は難しい。何故今のようになっているのかは本人ながら判然としない。自分で人生経路を決めてきたという実感はない。ただ最近は、ひたすら「今」を生き抜きたいと思っている。
そろそろお迎えも近いかな~