現代貨幣理論MMTを知ったのは、中野剛志の『富国と強兵~地政経済学序説』からである。
中野剛志は『富国と強兵』において、主流経済学の批判からはじめている。
「他方で、主流派経済学の方は、地政学以上に狭隘な専門主義が進行しており、地政学はおろか、歴史学、政治学、社会学への接近すら拒否しているという無残である。
たとえばトマ・ピケティは、次のように述べている。
「率直に言わせてもらうと、経済学という学問分野は、まだ数学だの、純粋理論的でしばしばきわめてイデオロギー偏向を伴った憶測だのに対するガキっぽい情熱を克服できておらず、そのために歴史研究やほかの社会科学との共同作業が犠牲になっている。経済学者たちはあまりにしばしば、自分たちの内輪でしか興味をもたれないような、どうでもいい数学問題にばかり没頭している。この数学への偏執狂ぶりは、科学っぽく見せるにはお手軽な方法だが、それをいいことに、私たちの住む世界が投げかけるはるかに複雑な問題には答えずにすませているのだ。」
以前から、ピケティは米国で将来を嘱望されていた経済学者であったが、それを袖に振ってフランスに帰国した理由が不明であったが、これで理由が分かった。アメリカが主導する主流派経済学に失望したのだ。
中野剛志は、さらに主流派経済学に対し批判を畳みかける。
即ち、(長くなるが引用する)
「2009年、IMFのチーフ・エコノミストであったサイモン・ジョンソンは、世界金融危機によって経済学もまた危機に陥ったとして、主流派経済学とは異なった経済理論が必要であると論じた。2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは、過去30年間のマクロ経済学の大部分は、「よくて華々しく役に立たなく、悪くてまったく有害」と言い放って、物議を醸した。ローレンス・サマーズもまた、インタビューの中で、主流派経済学の理論モデルに基づく論文は政策担当者にとっては本質的に無益であったという趣旨の発言をしている。ニューヨーク大学教授のポール・ローマーも、2016年1月に行われた記念講演において、主流派経済学の有様を容赦なく批判している。主流派経済学の学者たちは画一的な学界の中に閉じこもり、極めて強い仲間意識をもち、自分たちが属する集団以外の専門家たちの見解や研究に対しては無関心である。その結果、マクロ経済学は過去30年以上にわたって進歩するどころか、むしろ退歩したとローマーは断じている。
このように、今や、アメリカの主導的な経済学者たちですら、主流派経済学の破綻を認めざる得なくなっているのである。
ところが、主流派経済学の無効が明らかになったにもかかわらず、経済学界は、これまでのところ、従来の理論モデルを反省し、それを根本的に改めようとはしていないという。そのような主流派経済学のあり方を、ジョン・クイギンは「ゾンビ経済学」と呼んでいる。」
そして、中野剛志は、こう述べて主流派経済学に決別を宣言し、新たな理論体系の構築を指向するのである。
「そこで我々は、主流派経済学の理論モデルに依拠せずに、経済をその現実に即して正確に理解し、その上で地政学との接合を図らなければならない。その結果、我々が到達する「地政経済学」は、主流派経済学とは根本的に異なる理論体系を有するものとなるであろう。
そのような予感を抱きつつ、地政経済学の構築に向けた探求を始めることにしよう。その目的地に到達ために、我々は歴史を狩猟し、政治学、経済学、社会学などさまざまな学問領域を蚕食していくことになるであろう。
まずは経済において最も基本的な制度、すなわち「貨幣」を理解することがその第一歩となる。」
と書いて、現代貨幣理論につながる貨幣の本質と現実について語るのである。
さて、MMTは以下の3つの理論を根拠にしていると書く。第一はドイツの経済学者、ゲオルク・フリードリッヒ・クナップによって 20 世紀初頭に唱えられた貨幣理論。第二は 20 世紀のなかごろのアメリカの経済学者アパ・ラーナーの内国債理論。第三がケインズ経済理論である。
MMTは、現代モダンと称しているものの理論に格別の目新しさはないと思う。では現代モダンと称されている理由は何か。それは、インフレにならなければ財政赤字を長期的な施策の継続的財源として許容している点である。ノーベル経済学賞主流派は、MMTを激しく批判しているが、個人的にはMMTは腹落ちしている。MMTによれば、日本銀行による銀行に対する当座預金の供給は、日本銀行による預金創造=信用創造を通じて行われ、結局のところ、銀行の国債消化ないし購入能力は、日本銀行による銀行への預金創造額=信用創造額に規定される。つまり、銀行が国債を購入することによって預金が生まれるという場合の預金は、実は、日本銀行による預金創造=信用創造の結果ないしその反映であることは自明だ。
今現在の国債発行システムは、市中消化という形式をとりながらも、その内実は、日本銀行による国債の直接引受と事実上異なるところがない。つまり、市中消化のケースでは、日本銀行の信用創造の方向は銀行に向けられ、直接引受のケースでは、その方向は政府に向けられるという差異はあるにせよ、日本銀行の信用創造を伴うという点では、両者とも同値である。そして日本銀行による国債買いオペの現状は、すでにかぎりなく直接引受に近いものになっているという認識は、一般的な共有の認識となっている。
主流派経済学者が批判するMMであるが、MMTの有力な根拠となっているのが実は日本である。日本の財政・金融指標は正統的な経済理論には従わない動きを見せているのが永田町、霞が関界隈で露わにされ驚きをもっても帰られた。日本の債務総額は国内総生産(GDP)の240%に相当。この10年間は200%を超えており、日銀のバランスシートは日本のGDPよりも大きい。ところが、インフレ率は現在0.2%。正統的な貨幣理論を最も強力に支持する人々でさえ日本のインフレ率を「謎」と呼ばざるを得なかった事態に、何が起きているかを説明する様々な新理論が唱えられた。それがMMTである。赤字財政支出がいかに大きな影響を及ぼすかは明らか。アベノミクスが2013年の年初に始まると、2015年半ばには日経平均は倍になり、債券利回りは20ベーシスポイント(bp)まで下がり、ドル円相場は1ドル=86円から125円に上昇。最近では、トランプ大統領が実施した2017年の法人税減税で、企業の利益が押し上げられ、2018年9月にS&P500種株価指数が過去最高値を記録している。
MMTは、日本の緊縮財政、プライマリーバランス政策は、完全に間違っていることを理論的、かつ実証的に示しており、財務省、日本銀行などはMMTを否定するしかない。失われた20年は、完全に日本政府の経済政策、財政政策、金融政策が間違っていたことを示している。