秋田市指定文化財・旧金子家住宅
金子家は、江戸時代後期に質屋・古着商を開き、明治初期に呉服・太物(錦織物・麻織物)卸商を創業した。昭和57年まで、この店で商売が営まれました。平成8年所有者から秋田市に寄贈され、平成9年に江戸時代後期の伝統的な建物として、秋田市指定有形文化財として指定された。建物は主屋一棟、土蔵一棟から成っている。
土 蔵
江戸時代後期に建てられた。
壁は黒い漆器できれいに化粧され、入り口の上には火止めのための、唐草文や家紋が彫られ、二重の引き戸と漆喰の扉がつけられている。
屋根の上に、水瓶が乗っている。防火用なんですって。数は決まっていないそうですが
上手く活用させるのって難しそう。
土間の炊き場
炊き場の隣奥にある大切な蔵は、二重扉で厳重。
道路に面した店先
梁の立派な木材(一枚板、美しさ)は今時無いって。
オエって何でしょうと伺うと「上にお上がり下さい」ですって。ボランティアの方は、寒い国は言葉を詰めて言うんだよ昔から、とご親切に教えて下さる。
嬉しい事に今日も来訪者が少ないので、ご遠慮下さいと書いて有る二階に迄、案内して下さった。
。 。 。
中ニ階の所に女中部屋↑ ↑遠くから見えた方達にも宿泊出来る様になっている。
ご主人は50日かけて大阪の方に仕入れに出かけたりしたそう。「北前船に秋田港から乗せて頂いたら早かったのに」と言うと、「北前船ね、人を絶対乗せなかったのさ、その分往復で荷物をぎっしり積んだ方が、お金になるからね」と商売人らしいお考えに感心。
大阪では、北海道などの海産物は大変な人気だったそう。物と物の文化を北前船が運んだと。各地では商人が一日千秋の思いで待っていたそうだ。電話も無い時代ですものね。江戸時代に思いを馳せました~。
※きたまえぶね【北前船】
江戸中期から明治時代にかけて,北海道と大阪を結んで西回り航路を往来した買積船。その船型は通称千石船。当初は200石積みから500石積みまであったが、明治時代になると2000石積みクラスのものも現れた。積荷は上り荷として北海道産の胴ニシン・羽ニシン・身欠きニシン・サケ・昆布などの海産物,下り荷は米・塩・木綿・古着・酒などであった。船主が荷主を兼ねた買積みであった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます