①シリア新政権——親露かつ親米という特殊な存在か
シリアにおいてジャウラニ氏をトップとする新政権が発足しました。一見すると反ロシア政権かと思われがちですが、実際には親ロシアの立場を取っていることがわかっています。
これまでのアサド政権は、ロシアの支援を受ける親ロシア体制でした。ジャウラニ政権はそのアサド政権を追い出した勢力であるため、反ロシアだと誤解されがちですが、実際にはそうではありません。さらに注目すべきは、彼らが反米ではないとも公言している点です。
また、宗教政策においても、これまでのイスラム原理主義とは異なり、比較的寛容な方針を掲げています。象徴的な事例として、シリアには少数のキリスト教徒が存在しますが、ジャウラニ政権は彼らに対し「クリスマスを祝っても構わない」と伝えたことが挙げられます。これは従来の厳格なイスラム主義とは一線を画す姿勢といえるでしょう。
この間の事情を中東分析の専門家のご意見を伺い、許可を得て掲載しました。
新たに首相に就任したムハンマド・アル=バシール氏についてですが、この人物は元ロシアのガス会社出身であり、その経歴からも親ロシア色が強く反映されていると考えられます。
親ロシア路線を示す具体的な証拠として、新政権はシリアの地中海沿岸にあるロシアの海軍基地と空軍基地を保全すると表明しています。これらの基地は、ロシアがアフリカのニジェールや中央アフリカといった親ロシア国へ兵力を送る際の中継拠点として機能しており、地政学的に極めて重要です。シリア新政権がこれらの基地を維持し、手を加えないと明言していることは、ロシアとの緊密な関係を裏付けるものです。
シリアの弱体化に乗じて、アメリカとイスラエルはシリアに対する爆撃を実行しています。この攻撃は主にシリアの兵器庫などの軍事施設を対象としており、危険な行動を未然に防ぐための戦略的措置とされています。この点については、戦略的な観点から一定の正当性が認められるものの、過剰な攻撃はさらなる危機を招くリスクが伴います。
特に、イスラエルとシリアの間で直接的な戦争が勃発すれば、シリアを支援するロシアとイスラエルを支援するアメリカが対立する構図となり、中東を舞台とした**第三次世界大戦(WWIII)**の危機を招きかねません。このような米ロ間の緊張は依然として解消されていない状況です。
また、イスラエルとイラン間の対立が少し沈静化してきたと思われた矢先、今度はイスラエル対シリアの新たな緊張が生じる可能性がある点も懸念されています。この背景には、シリアの新政権であるジャウラニ政権の存在が挙げられます。
以前、私は、ジャウラニ政権の背後に英国守旧派がいる可能性を指摘しましたが、これは誤りだったと考えています。現在明らかになっているのは、この政権が親ロシア派であるという点です。ロシアは、ジャウラニ政権が親ロシア的な立場を取っているため表面的には支持しているものの、政権の脆弱さゆえに持続的な支援を断念せざるを得ない状況にあります。
特筆すべきは、彼らが反米の姿勢を取っていないという点です。ジャウラニ氏は約10年前に「我々は反米のための政権ではない」と明言しており、実際にアメリカを直接的に攻撃したこともありません。もっとも、アメリカ政府からはテロリストとして指定されていますが、彼らの行動はアメリカへの直接的な敵対を示していません。
復習を兼ねて振り返ると、12月8日にアサド政権が崩壊し、シリアの首都ダマスカスが陥落しました。その後、アサド氏は家族とともにロシアへ亡命しました。この政権崩壊を実現したのが「HTS」(ハヤット・タハリール・アル・シャーム、通称シャーム解放機構)という組織です。この組織は主にトルコの支援を受けており、新たにシリアの政権を掌握するに至りました。
ジャウラニ新政権のリーダーはアブ・モハメド・アル・ジャウラニ氏です。本名はモハメド・フセイン・アルシャナーとされていますが、広く「ジャウラニ」という名で知られています。彼はかつてISやアルカイダに所属していましたが、それらと決別したとされています。
この新政権の理念は、イスラム主義とシリア・ナショナリズムの融合を掲げています。従来の「国境を超えた反西洋・反アメリカ・反ヨーロッパ」というイスラム原理主義的な考え方からは距離を置き、シリア国内に限定して国の再建を目指す姿勢を取っています。その思想的基盤はスンニ派のイスラム主義に立脚しているものの、シリア国内の安定と発展を重視している点が特徴的です。
HTS(シャーム解放機構)は、2012年からシリア北西部のイドリブ県を実質的に支配し、小規模な政府組織を形成してきました。この組織は、シリアを統治する上で宗教的な寛容が必要であるとの立場を取っています。スンニ派に属する彼らですが、シーア派やキリスト教徒、さらにはドゥルーズ教徒に対しても寛容な姿勢を示しており、宗教的な多様性を認める方針を宣言しています。実際、キリスト教徒に対しても「クリスマスを祝うことを妨げない」と公言するなど、これまでのところ宗教的寛容を政策として掲げています。
アサド政権の崩壊の背景には、ロシアとイランの支援不足が挙げられます。ロシアはウクライナ戦争に注力しており、シリアへの関与が限定的となりました。また、イランもイスラエルとの対立に忙殺されており、シリアやヒズボラへの支援が手薄となった結果、アサド政権の弱体化が進み、最終的に崩壊に至ったとされています。
新政権の暫定首相に就任したのはムハンマド・アル=バシール氏です。1983年生まれの彼は、かつてロシアのガス会社で部長職を務めており、その後、シリアのガス会社でも技術部長を歴任していました。アレッポにあるシリアの大学で電気工学を専攻し、エンジニアとしてのキャリアを積んだ人物です。この経歴からも分かるように、アル=バシール氏の存在はジャウラニ政権が親ロシア的な性格を持つことを象徴しています。
それからもう一つ、新政権が親ロシアであると明確に言えることは、ロシアがシリアに保有している海軍基地と空軍基地について、新政権は「保全し、手を付けない」と明言しています。
具体的には、タルトゥースにある海軍基地と、フメイミムにある空軍基地です。この二つの基地の保全を約束していることからも、新政権が親ロシア的であることが分かります。
ロシアにとって、シリアの地中海沿岸に位置するこの海軍基地と空軍基地は非常に重要です。それは単にヨーロッパを牽制するためだけではなく、そこからアフリカへの経由地としての役割も果たしているからです。
例えば、中央アフリカやニジェールなど、親ロシアの国がいくつか存在しています。そういった地域に兵士や物資を送る際、シリアが中継地点として使われるのです。人や物資の往来において、シリアは重要な中継拠点となっています。
そのため、ロシアにとってシリアの海軍基地と空軍基地は地政学的にも非常に価値が高いです。そして、それを「そのまま保全する」と表明しているのが、ジャウラニ政 権のスタンスです。
(つづく)