民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「日日是好日」 大寄せ 森下 典子

2016年05月27日 00時01分37秒 | 雑学知識
 「日日是好日」 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ 森下 典子 新潮文庫 2008年(平成20年)

 第五章 <たくさんの「本物」を見ること> 「大寄せ」 P-88

 その後も、茶会のたびに、こういう光景を目にすることになった。このように、大人数が集まる公開の茶会を「大寄せ」という。
「大寄せ」の茶会は、いろいろな人を見る場所でもあった。

 (中略)

 また、別の席でのできごとだ。
「あと、お三人、お入りになれますので、どうぞ」
 すると、上品なウグイス色の鮫小紋に、塩瀬の帯のお太鼓を見せて、銭湯に坐っていた60代の女性が、老眼鏡をはずしながら、後ろにいた私たちをふり返った。
「どうぞお先にお入りなさいな。おたく、お三人でしょ? 」
「でも・・・」
 順番を譲れば、その人は、さらに30分以上待たなければならない。
「大丈夫よ、私、本を持ってきたから」
 その人は、上等そうなキャメルの膝掛けの上に広げた文庫本を見せて、にっこりした。
 そういえば、その人は、ずっと一人で本を読んでいた。老眼で、さすがに読むのに苦労するのか、少し読んでは、のんびりと庭を眺める。その姿が、廊下の行列のざわめきの中で、飄々と自分の世界を楽しんでいるように見えた。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて、お先に・・・」
 茶室の入り口で会釈しようとふり返ると、その人はもう、文庫本と自分だけの世界に戻っていた。

 森下 典子 1956年(昭和31年)、神奈川県横浜市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。大学時代から「週間朝日」連載の人気コラム「デキゴトロジー」の取材記者として活躍。その体験をまとめた「典奴どすえ」を1987年に出版後、ルポライター、エッセイストとして活躍を続ける。(中略)20歳の時から茶道を習い始め、現在も続けている。