妻と私は今日は朝5時から起きて、孫の世話のため息子の家に行った。その後、その家の周りの草刈りで汗を流した。でも、猛暑時の暑さとは異なり、一休みすると汗は引いた。帰宅後、昼食を済ませコーヒーでくつろぐことにした。
ところが、今日の私はコーヒーが麻酔薬のようだった。飲み干すと同時に突然眠気が襲い、ソファーに座りながら眠ってしまった。睡魔の方が覚醒効果のカフェインに勝ってしまった。
夕方は散歩タイム。タロ(犬)のお気に入りの散歩道は、下り坂。タロが選んだのは、つづら折りの下り坂が続く、谷に向かうルートだった。私にとっては、帰路が最もつらい上り坂のルートだが。その道すがら、道端に咲く秋の草花を見た。
マルバルコウソウといい、朝顔の仲間だそうだ。1cmに満たない小さな花だ。半日陰の雑草の中に、数輪咲いていた。
ショウゾウソウという。マルガルコウソウの近くに咲いていた。赤い葉っぱかなと思い近寄って写真に収めた。名前が分からなかった。家にある野草図鑑には載っていない。妻がネットを見ながらさがした。1時間近く経って、やっと妻が探し当てた。サマーポインセチアともいい、熱帯地方の花だそうだ。寒いこの地なのに育っている。日当たりはよくないが、大きな木や他の雑草に囲まれた場所なので、冬の寒さに耐えているのかも知れない。果たして、来年も咲いてくれるだろうか?
ネコジャラシだ。全世界どこにでも見られるそうだ。子供の頃、ネコと遊んだ記憶がある。また、同級生に後ろから、首筋や頬をなでられ、くすぐったいと感じた覚えがある。
草花ではないが、栗と言うと秋の象徴で、小学校時代の運動会を思い出す。これは山栗の木。食用の栗より小さめだが、トゲトゲのイガが生っている。
路上に落ちて、イガが割れ、小さな実がでている。
センニチコウだが、知人の庭からこぼれた種から育ったのだろう。側溝と道路の間の隙間から、生えている。
センニチコウの近景。白、ピンク、赤紫のセンニチコウがランダムに咲いている。ランダムな配色が良い感じだった。人工的に配色されたものもきれいだが、道端のそれは、自然に戻って、花本来の美しさがあると思う。
ところが、今日の私はコーヒーが麻酔薬のようだった。飲み干すと同時に突然眠気が襲い、ソファーに座りながら眠ってしまった。睡魔の方が覚醒効果のカフェインに勝ってしまった。
夕方は散歩タイム。タロ(犬)のお気に入りの散歩道は、下り坂。タロが選んだのは、つづら折りの下り坂が続く、谷に向かうルートだった。私にとっては、帰路が最もつらい上り坂のルートだが。その道すがら、道端に咲く秋の草花を見た。
マルバルコウソウといい、朝顔の仲間だそうだ。1cmに満たない小さな花だ。半日陰の雑草の中に、数輪咲いていた。
ショウゾウソウという。マルガルコウソウの近くに咲いていた。赤い葉っぱかなと思い近寄って写真に収めた。名前が分からなかった。家にある野草図鑑には載っていない。妻がネットを見ながらさがした。1時間近く経って、やっと妻が探し当てた。サマーポインセチアともいい、熱帯地方の花だそうだ。寒いこの地なのに育っている。日当たりはよくないが、大きな木や他の雑草に囲まれた場所なので、冬の寒さに耐えているのかも知れない。果たして、来年も咲いてくれるだろうか?
ネコジャラシだ。全世界どこにでも見られるそうだ。子供の頃、ネコと遊んだ記憶がある。また、同級生に後ろから、首筋や頬をなでられ、くすぐったいと感じた覚えがある。
草花ではないが、栗と言うと秋の象徴で、小学校時代の運動会を思い出す。これは山栗の木。食用の栗より小さめだが、トゲトゲのイガが生っている。
路上に落ちて、イガが割れ、小さな実がでている。
センニチコウだが、知人の庭からこぼれた種から育ったのだろう。側溝と道路の間の隙間から、生えている。
センニチコウの近景。白、ピンク、赤紫のセンニチコウがランダムに咲いている。ランダムな配色が良い感じだった。人工的に配色されたものもきれいだが、道端のそれは、自然に戻って、花本来の美しさがあると思う。