標高330mのモノローグ

富士山の10分の1、東京23区最高峰の10倍の山間に暮らして20年。地域の自然や思いを綴ります。

惑星探査機ボイジャーと原子力

2017-09-10 19:03:56 | 日記
9月5日は無人惑星探査衛星ボイジャー1号が発射されて40年がたったそうだ。その直前だが、同じ年の8月20日に2号が打ち上げられていた。飛行方法の違いにより1号の方は2012年に、太陽系外の宇宙空間に出た。2号もやがて太陽系外に出るそうだ。ボイジャーからの電波は17時間もかかり地球に届いている。両機とも毎日惑星などの貴重なレポートを送ってくれているという。


アインシュタインの相対理論と宇宙に関する書

ボイジャーにはレコード版とプレイヤーが搭載されている。地球に関する様々なデータが記録されている。人間のこと、動物のこと、50以上の言語、など。どのような宇宙人が読み解いてくれるのだろうか? ボイジャーからはあと10年間は情報を送ってくれるとみている。最終的には、天の川銀河の中心で周回を続けるという。


「エネルギー E = 質量 m × 光速度 c の2乗」という簡単な数式だが、この理論により膨大な原子力エネルギーを生み出すこととなった。

ボイジャーの動力源はプルトニウムの原子力電池である。原子力電池はかつて人工衛星に使用が検討されてきたが、もし打ち上げ時などに壊れたら、地球に悪影響が出てくるので、今は太陽電池が用いられている。しかし、ボイジャーの場合は太陽系外に出るので、原子力電池を用いた。やむを得ない使用なのかな?

まだ見ぬ地球外知的生物に出会うかもしれない。人類や地球のことを知って欲しいという思いや願いは大いに肯定できる。

しかしながら、平和利用とはいえ原子力発電設備の危険も計り知れない。原発は使用済みの燃料棒から向こう10万年は放射線が出るという。日本ではこの処理方法が確定していないという。無謀な原発稼働だ。ましてや核兵器は断じて認められない。将来の人類はどうなっても良いということなのだろうか?

安全な他のエネルギー利用ができる文明づくりを推進できないのだろうか?唯でさえ通常は宇宙からの放射線を浴びている。これらの被曝は最小限に留めたい。そして、人工的な被爆はゼロにしなければならない。

9月9日は北朝鮮の建国記念日で、昨年のこの日に核実験を行った。今年はすでに3日に核実験を行った。さらに行うのではないかと各国が警戒している。3日の核実験で隣接する中国の都市では揺れがひどかったと映像を交えて伝えている。また、別の報道では北朝鮮でも民家が倒壊したという。

一部の権力者の暴挙が、自国の国民をはじめ世界中の市民を巻き込んでいる。北朝鮮に限らず、核保有国や原発稼働国も含め原子力使用の抑制そして廃止に向かってほしいと願う。
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掛川レポートその2(掛川城と逆川周辺の私的散策案内)

2017-09-09 15:45:31 | 日記
掛川駅から掛川城址公園までは、北へゆっくり歩いて15分ほど。城の周辺には城に関する建物や堀、古井戸などの文化財がある。これらの多くは市の観光案内、他のホームページ、ブログなどで紹介されている。今回は、妻と私とタロ(犬)が散歩がてら目についた私的な事物の紹介。今日は、これから用事があるので早めのアップ。
市立中央図書

城の北東には、市立中央図書館がある。平成13年に新たに改築され、城下町にふさわしい和風建築の建物だ。

図書館の入り口にある二宮金次郎像

私が通った小学校の校庭にもあった。薪を背負って歩きながら本を読む姿だ。勤労・勤勉な姿の象徴という思い出も残っている。しかし、最近は歩きながらの本読みや歩きスマホが危険とのことで、座った二宮金次郎像も創られているところもあるようだ。



図書館と掛川城を挟むように池がある。小さいが橋や東家などもあり池の周囲を散策できる。

サギ

シラサギが一羽大きな石の上に立っていた。水面にも逆さのサギが映っている。彫像のように動かない。時々顔だけが、パントマイムのようにゆっくり横を向く。そして動きが止まる。暫くユーモラスなサギを見ていた。

作品 阿吽(あうん)


拡大写真:3個の金色のボールで上の石が支えられている

二の丸美術館の外庭に、阿吽という作品が立っている。説明板によると一般に阿吽の像は仁王や狛犬の姿で、神社仏閣や山門などに守護・魔除けとして祀られている。復元前の掛川城址にも狛犬型の阿吽があった。
この阿吽は、掛川城天守閣の復元にあわせて、掛川の新たな守護としてつくられた作品。掛川の人々が、陰陽(いんよう)・阿吽の気をもって呼吸を整え、仰いでは天文を観、臥しては地理を察し、盛徳大業(せいとくたいぎょう)をなすように、との願いを銘の由来としているとのこと。

城の周囲を歩いた後、チョット街に出てみた。

和風建築の地方銀行

壁には山内一豊と妻の像が浮き出ている。
1590年に家康が東海から関東に移封されると、掛川城には豊臣秀吉の直臣であった山内一豊が入った。一豊は掛川城の大幅な拡張を実施し、石垣・瓦葺の建築物・天守など近世城郭としての体裁を整えた城郭とした。1600年の関ヶ原の戦いの後、一豊は土佐一国を与えられて高知城に移転したとのこと。

建物の軒につるしていた札差(ふださし)

幕府から御家人らへの蔵米の受け取りを代行するだけではなく、旗本や御家人に蔵米を抵当にして金を用立てるという金融業務が、札差の重要な役割となっていったとのこと。

くすのきの大木

この楠木は御触書によると樹齢350年、胴回り5m、樹高20mとあり、第22代掛川藩主井伊直好(1659年に赴任)の頃植えられたと思われるとのこと。江戸中期、明治、大正、昭和、平成と掛川の変遷を見つめてきた楠木だ。

逆川(さかがわ)

楠木を後にし逆川に向かった。昨日紹介した十九首塚も逆川の一角にある。昔、逆川は蛇行が激しく、水害をもたらしていた。一説には、堤が欠ける(決壊する)ことから欠川(かけがわ)と呼ばれ、さらに掛川と称されるようになったとのこと。掛川城の南を流れており天然の濠となっていた。

遊歩道の案内板

現在は護岸工事がなされ、遊歩道も整備されている。遊歩道は土手の上にもあるが、橋の前後は橋に架かる道路を横断しなくてもいいように、川に近い土手の中腹にも遊歩道がある。

土手に咲いていた芙蓉

スイセン、桜、ユリ、芙蓉など季節の花も多く見られる。遊歩道は十九首塚より先にも続いている。また、城より南にも続いていて、大手門などの旧跡もある。たっぷり散歩やジョギングができる。

以上、紹介した場所の他、名所・旧跡を含めて、ゆっくり歩いて1,2時間で周れる。掛川は閑静な城下町で、散策にふさわしい推薦できる街並だ。

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大河ドラマの井伊直虎ゆかりの地

2017-09-08 19:20:24 | 日記
掛川に忘れたパソコンが宅配便で届きました。早速、井伊直虎ゆかりの地を2日にわたりレポートします。今日は大河ドラマ井伊家に関することです。


ライトアップされた掛川城

直虎と掛川との直接的な関係はなさそう。しかし、井伊直親(なおちか)は掛川城下で当時の掛川城主朝比奈泰朝(やすとも)に殺害された。殺害場所といわれる十九首塚がある。江戸時代には井伊家が掛川藩主となった。これらのエピソードから井伊家にとって掛川はゆかりの地である。

3日の大河ドラマの一部は掛川が舞台だった。今川氏真(うじざね)が逃げ込んだ掛川城に徳川家康が攻め込み、掛川城は徳川氏のものとなった。これによって今川氏は滅亡した。このシーンはあっという間に流れてしまった。しかし、実際は氏真は半年間籠城したという。まあ、ドラマは史実を忠実に描いているわけでないので、一瞬で掛川が終わってしまったのはしかたない。でも、掛川城に、氏真、家康がいたというのはドラマとは別に史実の重さを感じた。


十九首塚の碑


平将門ほか18名の武将の首が埋葬されてると伝わる塚。

さて、井伊直親の殺害場所が十九首といわれているが、もともとこの塚は平将門の首塚伝説の一伝説という。平将門は京の朝廷に反乱し、関東で新政権を打ち立てたが、朝廷軍によって鎮圧された。その首級は京に運ばれ獄門さらされた(939年:古代史最大の内乱)。そして、将門の首塚は東国各地に15カ所ほどあるという。しかし、他の首塚は斬首された胴をもとめて空飛ぶ首が力尽きて落ちたところされているが、掛川の十九首塚だけは違う。敵将の藤原秀郷(ひでさと)が将門と18人の武士の首を手厚く埋葬されたとのこと。


江戸時代、約半世紀にわたり井伊家が掛川城主として勤めた。十九首塚は掛川城にとって裏鬼門に当たる重要な場所だ。つまり現世と死後の世界を分ける境界としての象徴的な場所だ。平将門の首塚伝説と直親殺害の伝承地として祀られるようになったのではないかという。史実ははっきりしないが、ミステリアスな疑問符を投げかけながらひっそりと鎮座しているとのこと。


十九首塚の由来。平将門に関することのみ記載されている。江戸時代の終わりまでは「井伊直親殺害の地と」しての伝承が存在していたが、それ以降は「平将門の首塚」伝承だけが流布していた。ミステリアスな部分だ。そして、大河ドラマによって直親にまつわる伝説が復活したようだ。
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ブログを書くためのPCを宿泊所に忘れてしまった!

2017-09-07 15:06:43 | 日記
パソコンを宿泊場所に忘れた。昨日は外出先から10時間かけて帰ってき来て荷物下ろしをしていたら、パソコンが無いのに気がついた。とりあえず、タブレットでこの日記を書いている。言い訳になるが、筆がうまく動かない。PCは早ければ明日宅配便で届く予定。掛川のレポートは明日以降にしますので悪しからず。
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今は時の城、掛川城

2017-09-05 19:05:25 | 日記


ライトアップされた掛川城

9月3日の大河ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台は掛川城でした。今日は掛川城の場内に行きました。今日、明日は多忙ですのでブログの記事は休みますのでよろしく願います。
後日、掛川の紹介記事を書きますのでご期待ください。
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