千葉の我孫子には葺不合神社(フキアエズ神社)があり、以前、妹と参拝した事があります。神話好きの方なら、ピンとくるお名前ですが、それ以外なら読むのも困難なお名前です。
主祭神 鵜葺草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)は、浦島太郎で置き換えると龍宮の乙姫と、浦島太郎の間に生まれたお子様です。
あれ?そんな話し昔話にはなかったよ!って?
神話では海の神様の娘、豊玉姫と天津神、山幸彦のお子様、であり、初代神武天皇の父でもあります。

また、偽書扱いになっているウエツフミという書物に、大和王朝が成立する前に、大分を中心に、ウガヤフキアエズ王朝が存在し、別名、「豊国王朝」、「日向王朝」、「高千穂王朝」とも呼ばれていて少なくとも74代にわたり繁栄した、と書かれているそうです。
偽書だから全て嘘だと私は思えず何となくですが、真実が多いような気がしています。
合祭神 市杵島比売命 日本武尊 白山比売命。ご両親の豊玉姫、山幸彦も社殿に名前がありました。
葺不合神社の御祭神、鵜葺草葺不合尊は、龍宮乙姫を母に持つ水に深い縁がある神様のはずなのに、この神社の手水舎には水が流れていなくて、鳥居の榊?笹?がかなり古くて枯れており、少し寂しい雰囲気を感じました。

水の流れのあること、人の祈りの蓄積の大切さをこの神社で感じました。
神社に入ってすぐ続く参道は美しかったです。

参道を歩いた少し先にある広場の御神木は圧巻でした。神社では、やはり御神木を見るのが大好きです。

御神木と妹
神社に行くと道はこっちだよって光ります。歩いたけど、何も見えませんでした。笑

社殿の彫刻は見事でした。この神社を作った当時の人々の熱い思いが詰まっていました。昇り龍と降り龍の彫刻もありました。

人の思いは、時代とともに変化します。津野町力石のお山の神様にしてしまった不敬。そして復興。未来にも祈りを継続させないとと思います。
こうして、記録としてブログに残しておくのは、いつか誰かが見て、高知県津野町力石は山奥深い所ではありますが、行きたいな、、と参拝するようになれば良いなぁ、、あの地を好きになってくださればいいなぁ、との思いもあります。
ところで、葺不合神社の美しい本殿の奥に摂社や末社がありました。三峯社や、妙見社、水神社や白山社がお祀りされていました。
妙見社では妙見菩薩の像があり、隣りに不思議な像もありました。大分県の健男霜凝神社の手水舎の像や、宇賀神の像を思い出しました。人と龍蛇を合わせ持つ像です。御祭神と関係があるのかもしれません。

また、神仏融合の名残でしょう。神社をまわって降りた所に、新四国相馬霊場八十八か所の「七十七番札所」との表示もありました。

妹が八十八ヶ所参りを始めました。縁というのは、時は前後したりしますがどっかで繋がるのかなぁと思いました。
弘法大師、空海さんをこちらの神社でもお祀りしているとは知らなかったので、お会いできて嬉しかったです。私は神社に行くと、神様にお会いできたなぁ、嬉しいなぁ、有難いなあ、、という気持ちが湧き上がります。
相馬霊場には驚きました。福島県相馬市に私の家族は縁があります。
続く