ぐりぐらのフォトログ

デジタルカメラであそぼ!

あいづわくわく学園 喜多方・熱塩加納方面【4-2】慶徳寺・新宮熊野神社と長床

2013年07月17日 | 郷土史・史跡・施設
あいづわくわく学園 喜多方・熱塩加納方面【4-2】
願成寺・赤崎三十三観音・示現寺・慶徳寺・新宮熊野神社と長床


25年度、地域の歴史・史跡などの現地学習第4回目は喜多方・熱塩加納方面。後半をアップします・・・
後半は、岩尾館の五輪塔、半在家の宝篋印塔、慶徳寺・新宮熊野神社と長床・・・

画像クリックでスライドショーへ。BGMの音量にご注意ください。

佐原義連の墓とされる岩尾館の五輪塔(佐原さんのお庭)・・・
画像クリックでスライドショーへ

喜多方市熱塩加納町には義連の墓と伝えられる応永2年に建てられた供養塔があります。
北側には義連が築いたとされる岩尾館があり、現在も31代目にの佐原さんが住んでいます。
31代目、92才の佐原さんにお話していただきました。

鎌倉幕府が成立し、東北における平氏の残党や、平泉政権の打破に功績のあった将士に対し、
恩地恩賞を与えられ、会津四郡を領した地頭佐原義連は正治6年(一説には建久2年)
始めて会津郡幕の内村に住み、次いで耶麻郡半在家村旧国府の地に館を築いたという。

(平安時代。概に半在家には国府が置かれ、藤原友則の行政下にあり、
半在家と言う地名は寺領と官領が折半されていた所から生れた名であるという。
寺領とは恵日寺をさし、官領は公地を意味するもので、寺領が拡張していく過程で生れたという。
そして何故佐原姓なのに、芦名時代と言われるのかは、三代光盛の代に、
相模国三浦郡芦名を領していた事から、
佐原の姓を改め芦名としたという。また、この時期に若松の門田黒川に移住している。)


佐原義連の墓とされる半在家の宝篋印塔


伝・佐原義連の墓 県指定重要文化財
義連は天福元年(1233年)鎌倉で没し、佐原所領の地「満願寺」に葬られ、
会津にも分骨され、半在家に宝篋印塔、岩尾館に五輪の塔が残る。
高さ230cmの宝きょう印塔を囲む10基の五輪の塔は家臣の墓と言われている。
銘文から永仁(1298年)8月4日に造立と考えられるという。



慶徳寺


応安元年(1368年)源翁禅師がこの地に庵を結ぶ。
葦名8代、詮盛公が源翁に帰依し、一宇を建立「紫雲山慶徳寺」と称し、釈迦如来像を安置。
巻尾山、曹洞宗。本尊は、釈迦如来。 山門には、「禅房」と記載されている。
源翁禅師は全国を行脚するも、荒廃した慈眼寺を示現寺として中興し、曹洞宗に改宗開山し
示現寺に移るまでは、ここを本拠としたという。
禅宗の開祖、達磨大師が祀られ、紅梅図や格天井の日本画がみごとでした。



新宮熊野神社と長床


新宮熊野神社は、前九年の役(1051~62)のさいに源頼義が戦勝祈願のため勧請とされる古社。
その後、後三年の役(1083~87)の時に頼朝の子・義家がこの地に遷座した。
本宮、新宮、那智の三社が祀られている。
拝殿「長床」は平安時代の貴族邸宅神殿造りの形式をふまえたもので、
寄棟造り茅葺屋根、間口9間、奥行4間、欅材の径45.4cmの円柱が5列、3.03m間隔で44本並ぶ
長床(拝殿)、宝物殿の銅鉢は国指定重要文化財で、銅鐘は国認定重要美術品。
併設されている熊野神社宝物殿には銅鉢をはじめ、多くの国、県指定文化財が保存されている。

中でも、願い事を唱えながら木造文殊菩薩騎獅像の獅子の下をくぐると願いがかなうということで
堂守様のお許しで順番にくぐってきました。
境内にある大銀杏は、高さ30ートル、根本周り8メートルあり、樹齢600年といわれて、
黄葉はすばらしく、人気ある晩秋の撮影スポットのようです。

史跡めぐり第四回の2は、岩尾館の五輪塔、半在家の宝篋印塔、慶徳寺・新宮熊野神社と長床でした・・・

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あいづわくわく学園 喜多方・熱塩加納方面【4-1】願成寺・赤崎三十三観音・示現寺

2013年07月15日 | 郷土史・史跡・施設
あいづわくわく学園 喜多方・熱塩加納方面【4-1】
願成寺・赤崎三十三観音・示現寺(慶徳寺・新宮熊野神社と長床)


25年度、地域の歴史・史跡などの現地学習第4回目は喜多方・熱塩加納方面を2回に分けてアップします・・・
はじめに願成寺の会津大仏、赤崎三十三観音、示現寺・・・

画像クリックでスライドショーへ。BGMの音量にご注意ください。
願成寺の会津大仏・・・
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会津大仏で知られる願成寺は、浄土宗の開祖法然の高弟隆寛が開基したと伝えられる
多念義派の本山となっている。大仏殿の木造阿弥陀如来三尊像は鎌倉時代の作で、
阿弥陀像の高さは2.41mあり、木造寄木つくり玉眼で、来迎相をとり、千体仏舟形光背・・・
脇侍の左は勢至菩薩、右は観音菩薩でめずらしい大和座りで、三尊とも国指定重要文化財。

山門は和様と唐様の折衷様式で、柱間に施された色々な彫り物が珍しい
本堂・旧阿弥陀堂・山門は福島県指定重要文化財・・・


赤崎三十三観音


赤崎長者と言われた瓜生出雲なる人物が四国から運ばせた石材を刻ませて街道に並べ
四国の霊場めぐりにかえたといういい伝えもある赤崎三十三観音・・・
喜多方市熱塩加納にある曹洞宗示現寺から、浄土宗願成寺までの道に、
以前は三十三観音が祀られていたという・・・
圃場整備で移動されてしまい、三十三体のうち、何体かは現在でも道路脇に残っているというが
それ以外のものは赤崎の集会所の敷地に集められている・・・
石仏自体はかなり風化しているものもありますが車窓からの見学・・・


示現寺 総門


示現寺 鐘楼付山門


示現寺は喜多方郊外、熱塩温泉の狭い坂をのぼった奥まったところにあります。

創建は平安時代の初期、空海の開山といい伝えられている・・・
荒廃した寺を天授元年(1375年)に玄翁(源翁)心昭和尚が示現寺として中興し、曹洞宗に改宗、開山・・・
奥州一帯に教えを広め三十七ケ寺の末寺を有する名刹として地位を確立したという・・・

階段の先に総門が見え、その先の山門は鐘楼にもなっていて、会津では他にみないものです。
正面の総門は寛保元年(1741年)、唐様のみごとな彫刻でかざられて観音堂は天明8年(1788年)に建てられ
喜多方市指定有形文化財に指定されている・・・

境内には戊辰戦争のさい敵味方区別なく介抱した社会福祉事業の先駆者、瓜生岩子刀自の座像が建つ・・・
女性としては初めて藍綬褒章を受賞・・・

史跡めぐり第四回の1は、喜多方・熱塩加納方面から願成寺の会津大仏、赤崎三十三観音、示現寺でした・・・

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あいづわくわく学園 イトトンボ 示現寺(喜多方市熱塩加納)の池にて

2013年07月12日 | 鳥&昆虫&
あいづわくわく学園 イトトンボ 示現寺(喜多方市熱塩加納)の池にて

現地学習会の折、示現寺の池でイトトンボが飛び交い、産卵行動が観察できました~
イトトンボは家の周りで見かけるのよりも小さい・・・。
オスがメスの首(?)あたりをしっぽの先でつかんで全体をふるわせて産卵をうながしている~
メスは場所を変えては尻尾の先をそおーっと水に浸けて産卵。命の営み・・・
画像クリックでスライドショーへ。BGMの音量にご注意ください。

イトトンボ 示現寺(喜多方市熱塩加納)の池にて・・・

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キセキレイのひな 窓からウォッチング

2013年07月10日 | 鳥&昆虫&
キセキレイのひな 窓からウォッチング

6月26日、遅れて孵ったキセキレイのひなが巣立ちの時を迎えたよう・・・
餌が届くのを待ってる~。でも、数日するとすいーっと飛べるようになって
巣立っていく・・・
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キセキレイのひな 窓からウォッチング・・・
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スライドショーのソフトの不具合が改善しました

2013年07月08日 | Weblog
スライドショーのソフトの不具合が改善しました

他の方法を考えなくてはとフォトチャンネルを試してみましたが・・・
不具合解消です!!また、続けたいと思います。どうぞよろしく・・・

あじさい コラージュ・・・

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