不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

I libri piu' preziosi del mondo

2009-03-23 16:27:18 | アート・文化

古いものを保存することに関しては
非常に積極的なイタリア。
それは国家的なレベルで行われるものが
もちろん主流になっていますが
草の根の企業や個人のレベルでも
様々な取り組みが行われています。

ルネッサンスの時代に隆盛となった細密絵画を描く画家や
細密画修復士が年々減少している状況ですが、
ボローニャを拠点として精力的に活動を続けている
Fondazione Marilena Ferrari-Franco Maria Ricciは
イタリア中に声をかけ、最後の細密画士といわれる人々や
丁寧な職人技で本を仕上げる優秀な装丁士を探し、
また印刷工場や製紙工場には、
その工場の倉庫などで眠っている
長年使われていない機械を引き出させました。
そして大理石職人、ガラス職人、指物職人なども総動員して
ルネッサンスの時代に作られていたような書籍を
製作する活動を続けています。

本の形をした芸術品といわれるもので、
この活動を通してルネッサンス時代の技術の再発見と
新しい芸術家、修復士の養成に貢献しています。

若年世代にこうした伝統芸術技術を受け継いでいくために
2009年2月からはボローニャの2つの高等学校を対象にして
新規コースを設定し、
徐々に新しい才能の発掘と養成を進めています。
彼らのうちたった一人でもこの道を選んでくれれば、
それで財団の目的は達成される、とは財団代表の言葉。

財団がこうして地道に製作する書籍は
年間を通しても数えるほどで、
その中には1900年代初めの技術を使って作製するものと
貴重な素材を使ってグーテンベルクの時代の
印刷技術を再現するものがあり
後者はこれまでに25例を製作、
3年間で5種製作するのが精一杯だそうです。
ちなみにそれをひとつ製作するためにかかる費用は
100万ユーロをくだらないといわれ
そうして製作される書籍の多くは
国立図書館や教育機関などへ収められています。

3月11日にFerrari-FMR財団では
ローマのPalazzo Grazioli(グラツィオーリ宮殿)に
財団オフィスを新たにオープンし
予約制でこうした書籍などの作品展示の一般公開も行っています。
映像、機械類などの展示も通して、
製作過程や技術の紹介も行っています。

芸術作品は芸術家と職人の共同作業で
生まれてくるものであることを改めて認識させてくれるような、
すばらしい活動の一部に触れることができます。
古くから受け継がれてきた技術の再認識には
会議やコンベンションは不要である、
必要なのはその仕事を再開することだ
という財団代表の言葉には深いものがあります。

Officina Ferrari-FMR
Palazzo Grazioli Roma
予約および問い合わせ先: +39-06-6976651


Raffaello e Urbino

2009-03-23 14:31:19 | アート・文化

Raffaello(ラファエロ)の生誕の地であるUrbino(ウルビーノ)。
生まれ育った土地という以上に、
ラファエロにとっては常に自分の基点であり続けた土地です。

若き日のラファエロの作品と
最初の師であり父親である
Giovanni Santi(ジョヴァンニ・サンティ)の作品を中心に
企画された展覧会。

Raffaello
カタログの表紙にもなっている、あどけない天使の顔は
ラファエロが17歳のときに受注を受けた
「L'incoronazione di San Nicola Da Tolentino」
(トレンティーノの聖ニコラの戴冠)の一部。

Vasari(ヴァザーリ)の列伝の中で酷評され
それ以来あまり高く評価されることのない
ラファエロの父親は詩人でもあり、文化教養のある人物で
ウルビーノに自宅と中庭をはさんで工房を持っていました。
その環境の中、
幼いラファエロは自然に画材に触れ成長していきますが、
彼が11歳のときに父親を亡くしています。

ヴァザーリの記録によるとわずか10歳でペルージャの
Pergino(ペルジーノ、ラファエロの師)のところに
修行に出されていることになりますが
実際にラファエロがウルビーノを離れるのは
1504年、21歳のとき。
ウルビーノ領主Federico da Montefeltro
(フェデリコ・ダ・モンテフェルトロ)の娘の紹介で
フィレンツェの行政長官
Pier Soderini(ピエル・ソデリーニ)を訪ねていくとき。

そのため父親がなくなった1494年11歳の時には
父親の第一アシスタントだった
Evangelista da Pian di Meleto
(エヴァンジェリスタ・ダ・ピアン・ディ・メレート)とともに
工房を引き継ぎ、
本格的に作品制作を手がけるようになります。

ラファエロの絵の具調合への情熱や
柔らかなヴェールの描き方
そして徹底した心理描写などは
父親から受け継いだものだといわれています。

父親の死の6年後に17歳でAndrea Baronci
(アンドレア・バロンチ)から受注した先の作品では
父親のレパートリーにはない表情を
天使の顔に描くことによって
ラファエロらしさの確立への第一歩となったと評価されています。
この天使のモデルとなった少年は
実は工房の使用人だったといわれています。
この時代のラファエロがよく描いた
地味で飾り気のない服装と、シンプルな表情は
ほとんど使用人をモデルにしていたといわれます。
若き日のラファエロはそれによって生まれる効果と成果を
彼なりにきちんと計算していたのでしょう。

1500年から1508年にかけて製作された
20枚の絵画作品と19枚のデッサンを通して
若き日のラファエロの修行の経緯と
成長を知る展覧会となっています。
それと同時にラファエロの作品と
父親の作品を対比されることによって
父親の画家としての再評価も図られています。

Raffaello e Urbino
会期:2009年4月4日から2009年7月12日まで
開館時間:火曜日から日曜日と4月13日、6月1日 8:30-19:15
     月曜日 8:30-14:00
会場:Galleria Nazionale delle Marche(国立マルケ美術館)
   ウルビーノ
入場料:9,00ユーロ
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