山頭火つれづれ-四方館日記

放浪の俳人山頭火をひとり語りで演じる林田鉄の日々徒然記

初雪の降らばと言ひし人は来で‥‥

2007-01-22 14:45:57 | 文化・芸術
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-世間虚仮- 政治家とタレント

福島、和歌山と続いた官製談合事件による一連の知事辞任劇にともなう宮崎県の出直し知事選で、タレントのそのまんま東が、一本化ならず2候補による保守分裂となるなど既存政党らの迷走ぶりを尻目に他候補を圧倒、完勝した。新聞は大手各紙とも一面トップに「そのまんま」という文字が躍るという、後世から見ればいったい何のことやら不思議がられもしよう珍なる現象に、思わず苦笑させられる。
嘗てはタケシ軍団の人気タレントといえ、過去にはスキャンダルで謹慎生活もしたし、先ずは生れ故郷からと政治家への転身を志せば、同じタレントの妻・かとうかずこから離婚されるという憂き目に遭い、裸一貫いわば背水の陣ともいえる立候補に、初めは県民の多くも歓迎ムードからはほど遠かったのではないか。それが告示日以降、大勢のボランティアらと一体となった真摯な戦いぶりに好感度は急上昇、選挙戦終盤では投票率のアップ次第では本命視されていたようだ。選挙は水ものとはいえ、地方における人心もまたずいぶん流動化、浮遊化が進んでいるものとみえる。
グローバリズムの到来とともに地方の時代が喧伝されるようになってきた1995(H7()年の、東京都の青島幸男、大阪府の横山ノック以来、12年ぶりの芸能人・タレント知事の出現である。


諸外国はいざ知らず、どうもこの国では、政治家と著名芸能人や文化人、有名タレントとの垣根はずいぶんと低いものらしい。大衆が喝采する立身出世物語はその時代の波を受けさまざまに変容するものだろうが、それにしてもタレントから政治家への転身は、この国においては枚挙に暇なくその歴史も古い。私がまざまざと記憶しているのは、まだ選挙権もない高校生だった1962(S37年)の参院選に、当時NHKの人気番組だった「私の秘密」のレギュラー解答者だった藤原あきが保守陣営から出馬、全国区で100万を越える票を集めたことだ。それから6年後の68(S43)年には、石原慎太郎が同じく参院選の全国区で300万票という未曾有の記録で政界へと転身し、以後、著名文化人・芸能人の転身は猫も杓子もといった様相を呈しており、一国民としてせっかく得た投票の権利行使もなにやら薄っぺらな痛痒の乏しい行為としか感じられないままにうち過ぎてきたものだ。
藤原あきは藤原歌劇団を主宰した藤原義江の元夫人でもあった。この頃は高度成長期へと移行しはじめた頃で、これをもってタレント議員のはしりと私の脳裏に刻み込まれてきたのだが、この機会にちょっと調べてみると、戦後だけでも、いちはやく1946(S21)年4月の衆院選で、ノンキ節で一世を風靡した石田一松が東京1区で自ら名のりを挙げ当選している。この選挙は女性の国政参加が初めて認められ、全国で多くの女性が立候補し、39名の当選を果たしたことで知られる戦後初の国政選挙だった。


近頃ではテレビ報道のワイドショー化全盛で、政治家たちのタレント化という逆現象も目立っている。政治的モティーフを話題に喧々囂々議論するのをバラエティー化した番組も盛んだ。政治家とタレントは職能という意味ではまるで異質なものの筈だが、「世に出る」という点では相通じており、一旦ある職能で知名度を得れば転身も容易いのは当然とはいえ、これまでのところ既存政党に取り込まれ利用されるだけのレベルに終始するようなら、政治の変革など思いもよらず、むしろその低次元化、低俗化に手を貸すだけだろう。なにしろ「美しい国へ」などと訳のわからぬ呪文にも似たスローガンを曰う宰相が君臨するこの国である。どうせなら、世の著名タレントたちが国政を担う衆参議員たちの大半を一挙に占めるまでに雪崩をうって転身してみれば、この国のカタチもいま少しましなものになるかもしれぬし、却って「国家の品格」とやらも回生の道すじが描けるやもしれない。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬-44>
 初雪の降らばと言ひし人は来でむなしく晴るる夕暮の空  慈円

新拾遺集、冬、建保四(1216)年、百首の歌に。
邦雄曰く、作者61歳の百首詠の冬歌であるが、恋歌の趣も薄からず。総じて雪は径を閉じ、訪れる人も絶え、知人も肉親も愛人も音信不通となり、それを嘆き侘びるというパターンが頻出する。この歌の見どころは下句、殊に第四句の「むなしく晴るる」の皮肉な味、それも「夕暮の空」であることの、沈鬱な詠嘆の効果であろう。慈円ならではの手法、と。


 白雪の降りて積れる山里は住む人さへや思ひ消ゆらむ  壬生忠岑

古今集、冬、寛平御時、后の宮の歌合の歌。
邦雄曰く、里人もさぞ気が滅入ることであろう、心細いに違いないと推量する。「思ひ消ゆ」とはゆかしい言葉であり、当然「白雪」の縁語として、際やかに働いている。古今・冬に忠岑は続いて2首採られ、これに先立つのが「みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人の訪れもせぬ」。歌枕の吉野は花や月もさることながら、雪は一入あはれを誘うものだ、と。


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