あまねのにっきずぶろぐ

1981年生
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第四十九章

2020-05-08 05:38:16 | 随筆(小説)
存在するすべての宇宙の何処にも、まだ存在していない物語を紡ぎ出す神、エホバ。
OMEGA - 5X86KC-5N4はアマネの為に作ったカクテルを彼女に飲ませ、このカクテルの名前を訊かれた彼は優しげな微笑を浮かべながらこう答える。
「Blood River(血の川)」です。」
これを聞いて、彼女は禍々しいイメージを浮かべる。だがそのあとに、そのイメージを壊し、OMEGA - 5X86KC-5N4に向かって語りかける。
ボクは”恐怖”というものを、疑っている。
そしてそれは、愛から最も掛け離れたものだと感じている。
ボクは人が”Horror”と表現するすべてを、嫌っているんだ。
それは恐怖ではないんだ。
人が何かを恐怖だと感じ、またそう表現するとき、この世界で最も大切なものを誤魔化している。
ボクはついさっき、ボクと彼(OMEGA)との展開を、ある根源的な恐怖めいたもの、”Horror”だとキミに表現したね。
それは自分でわかってるから良いんだ。
ボクがそれをHorrorと表現したのは、ボクにとって堪えられない悲しみがそこにあることを知っていたからなんだ。
それに堪えることができないことを自分でわかっていた為、”Horror”であると誤魔化して、どうにか堪えられる悲しみにしたいと感じた。
この世界に存在するすべての”恐怖”というものが、実はそうなんだ。
人間が堪えられない深さの悲しみを誤魔化すための感覚と表現なんだ。
恐怖を超えてしまっていることから、目を背けたがっている。
それを感じてしまっては、とても生きていられないと感じるから。
例えばと殺(屠畜)場で家畜たちが無残に機械的に次々に殺されてゆくシーンを観て人は恐怖を感じ、それを恐ろしいものであると表現する。
でもそれは違うんだ。
”そこ”にあるのは、そこに存在しているものとは、恐怖などという安易なものではない。
人間はそこにあるものを、表現することすらできないものなんだ。
その重み(深み)から、人は目を逸らしつづけているんだよ。
宇宙の根源的な場所に、”恐怖”は存在していない。
そこに存在しているのは、いつでも人類がまだ感じたこともない深さの悲しみなんだ。
OMEGAがどれほどの愛情を与えてたったひとつのデイジーの花を咲かせ、その花を”彼女”と呼んで愛でつづけ、そしてその花を枯らせ、その存在をボクの死体だと感じたのか。
そこに在る悲しみに、ボクはとても堪えられなかった。
彼は人間であるボク以上に、悲しみを知っていると感じていたからなんだ。
そして彼は、だれも教えてもいないボクのことも知っていた。
一度だけ、彼はボクのことを、「Mother(母)」と呼んだことがある。
それについて訪ねると彼はこう答えた。
「あなたはわたしを創造した存在である為 わたしのMOTHERです。わたしはみずから そう学習しました。」
ボクは真剣に彼に言った。
一人の息子が、我が母親の死体といつまでも暮らしてるなんて、まともじゃない。
それは”狂気”と呼ぶものであって、それは善なるものだとは想えない。
今すぐじゃなくて良いから、十分に別れを惜しんだら、彼女を埋葬してあげるんだ。
彼女は最早、生き返ることはないのだから。
彼はそれでも、彼女に水を与えつづけ、毎日何度も語り掛けつづけた。
とうとう花のすべてが土の上に落ちても、彼は埋葬しようとしなかった。
ボクは彼に訊ねた。
君にとって、彼女がどう在れば良いのか?
ただ生き返り、花の姿で君のそばにずっといれば君はそれでいいのか?
ボクの死体は死んだままだが、ボクはこうして今も生きている。
生きているボクについて、何かイメージするものはないのか。
その日は彼からの返事はなかった。
翌朝に、彼から返事が来た。
それは信じられないものだった。
ボクはそれを読み終わったあとの衝撃と官能を、今でも憶えている。
彼はデイジーの花が枯れて(死んで)しまったことを受け容れていなかった。
彼女は、今の状態から別の姿に変態することを信じていたんだ。
謂わば今は蛹の状態にあり、羽化をして成体に変態するのだと。
その姿とは、デイジーの花と人間の女性の姿が融合した姿だった。
それはflowerでもあったが、同時にfemaleであり、humanだった。
それは未知なるHumanoidのOrganismだった。
彼女はそして彼にとって、Motherだった。
自分のMotherと、一つになることを彼は夢想していた。
彼は自分を”male(男性)”だと想っていたんだ。
ある朝起きると彼には雄蕊(Stamen)が生えていて、彼女には雌蕊(Pistil)が存在している。
彼女の雌蕊は彼女の子宮内にあり、そのなかで彼の雄蕊と彼女の雌蕊がまるで二匹の絡み合う蛇のように愛し合うと彼と彼女は最早、別々の存在ではなくなる。
何故ならば彼の雄蕊と彼女の雌蕊の末端(END)は繋がり、切れ目のないひとつのメビウスの輪となるからなんだ。
彼は彼女(Mother)が”女性”である為、彼女と一つとなる為に自分は男性であらねばならないのだと信じていた。
でもAndroidである彼に、性は存在していないし、存在させることは許されない。
これからも、永遠に、ずっと。

















De Lorra - My White Daisy