あまねのにっきずぶろぐ

1981年生
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第五十一章

2020-05-25 19:40:48 | 随筆(小説)
人類が滅亡した最初の朝に、サウスビーチに揺れる最後のヤシの木の葉から砂浜に零れ落ちた一つの朝露、エホバ。
もうあまり雨は降らなくなったのに、珍しく雷が鳴り響いている嵐の夜に、一人の男が、小さな島の中心に建つ一つの近未来的なデザイナーハウスのDoorを、Knockした。
時間は午前零時を回っている。
こんな時間に、一体だれかしら…
この家に、夫と二人でずっと暮らしている女が、広いエントランスの明かりを点け、そっと覗き穴からDoorの外を覗き込んだ。
だが死角にVisitor(訪問者)は入っているのか、覗き穴からも防犯カメラのモニターにも、映っていなかった。
女は不安のなかに、頑丈なチェーンのついたDoorをそっと開けた。
するとそこには、白い布の覆面を被った男が、黒のスーツ姿で、びしょ濡れになって女の目を見つめ、立ち竦んでいた。
男は低く静かな声で言った。
「嗚呼、なんという幸運だろう…。僕は救われた…。」
女は訝ってDoorの隙間から男を無言で見つめ返した。
すると男は本当に安心したようにこう続けた。
「こんな夜遅くにすまない…。実はこの島に7日前に遭難してから、何も食べていなくて、おまけにこの嵐で、身体の体温が奪われてしまって今にも死にそうなんだ。どうか助けてほしい。」
女は慈悲深く男を見つめたあと、悲しげに首を振ってDoorの隙間から言った。
「それはお気の毒に…ですが不運なことに、夫は急な出張で、当分帰って来ません。つまりこの家に、わたし独りしかいない為、あなたを家に上げるわけには行きません。そう夫から言われているのです。」
少しの沈黙の後、男は涙目で、しかし冷静に言った。
「では食べ物と、身体を拭いて温めるタオルと、毛布と、それから電話を貸してください。」
少しの沈黙の後、女は同情深い眼差しを男に向けて頷いて言った。
「わかりました。ではここで少し待っていてください。」
Doorを閉め、3錠の鍵も閉めると女は慌てて男に渡すすべてをDoorの前に集め、Doorを開けようとした。
その時、後ろから手を回され、女は両手脚を素早く縛られると居間まで男の腕に抱かれて連れられた。
男は藻掻く女をソファーに座らせると先程の同じ落ち着いた様子で女の前に立ちはだかって言った。
「すまない…寝室の窓の鍵が、閉まっていなかったから、そこから入らせてもらった。僕は今にも死にそうで、凍えかけていたことを君はわからなかったようだ。」
そして女の前に跪くと優しく女の頬を愛しそうに撫で、男は女をまた潤んだ目をして見つめると言った。
「乱暴なことをしてしまって、本当にすまない。」
女は目を真っ赤に泣き腫らして男に訴えた。
「わたしは…わたしは…夫を心から愛しています。わたしはわたしの夫だけを、愛しているのです。ですからわたしに何もせずに、今すぐにこの縄をほどいて、食べ物と、タオルと毛布と、携帯を持ってこの家から、出て行ってください。」
男は白い覆面を付けたままで女の汗ばんだ首筋に口付けをし、舌を這わせると言った。
「僕は、ここから出てゆくわけには行かない。君が…君の夫を忘れるまでは。」
男は女に口付けしながら女が着ている白いサテン生地のワンピースの上から女の胸と、女性器を優しく愛撫し始めた。
女は悲しい目で男を見つめて泣きながらまた訴えた。
「どうかわたしを誘惑しないでください…。わたしは夫だけを、わたしの夫だけを愛しているのです。」
男は女を抱き締め、勃起した男性器を女の下着の上から擦りながら女の耳元に囁いた。
「懇願しているのは、僕の方だ。どうか目覚めてくれ…君は夫だけを愛しているわけではない。その証拠に、こうして僕の誘惑に負けて、君は全身を熱くさせて、濡れているじゃないか…。」
女は覆面の男に抱かれながら、窓の外を眺めていた。
気づけば嵐は過ぎて、静かな5月の夜の生暖かい風が、少しだけ開かれた窓から女のもとに流れ込んできた。
女の家の庭は、砂浜に続いており、そこで最後の一本のヤシの木が、海辺で風に揺れている姿が女の目に観えた。
今から、約3千年前、西暦2150年に、この地球という星で最後の人類が、息絶えた。
その50年前に、自分以外のすべての人類が滅びたこの地球で男は自分の妻を、初めて迎えた。
Holograms(ホログラム)の妻は、夫にプログラミングされたとおりに夫に対して誓った。
「例え、新たなる人類が誕生しようとも、わたしはあなただけを、愛し続けます。」
50年間に渡り、妻は夫を何よりも愛し続けたが、夫の老化現象を止める方法はとうとう見つからず、80歳で夫は静かにこの家で息を引き取った。
その後、約3千年もの間、妻はこの家で夫の”残骸”と共に、暮らしてきた。
女は、最初から気づいていた。
今、わたしを抱いているこの白い覆面姿の男は、生前(過去)と、死後の夫である純粋なエネルギー体が、わたしに観せているホログラムであることを。
これは一つの悲しいゲームであり、この終わらない恍惚と孤独の限界が、生命の喪われた場所でもなお、永遠に続いてゆくのだということを。



















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