あまねのにっきずぶろぐ

1981年生
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第七十一章

2021-01-11 09:14:46 | 随筆(小説)
君は従順な犬を飼いたかった。
そして利口で、面倒な世話は必要のない犬を。
君は自分を純粋な愛で愛してくれる犬を飼いたかった。
煩く鳴き喚いたりしない静かで、穏和な犬を君は飼いたかった。
御褒美さえあげたら、おとなしく君を何よりも愛し続ける犬が君は欲しかった。
噛み付いたりはしない優しい犬。
眠っているのを起こしたりもしない犬。
そして何より、孤独な犬を、君は飼いたかった。
彼女が、悲しいつぶらな眼をして君を見つめ、君を求めるとき、君は愛しくなる。
彼女は君に助けを求めてる。
彼女を救えるのは、僕しかいない。
僕がいなければ、彼女は救われない。
僕がなんとしても、彼女を助けてあげなければ。
彼女は鳴いている。小さな声で。
君に向かって、彼女は鳴いて、君の助けを求めてる。
君は胸の奥が熱くなり、彼女を愛しく感じる。
御褒美をあげても、彼女があまり喜びを表現しないとき、君は不満を感じる。
もっと、彼女は激しく喜ぶべきだと、君は想う。
僕はとてもがんばって、時間をかけて、この御褒美を作ったのだから。
君はもっともっと喜ぶべきなのに。
彼女は君の不満を敏感に感じ取り、不安を感じる。
彼女は深く、君を求めだす。
激しく、彼女は鳴き叫ぶ。
何故、こんなにわたしは苦しんでいるのに、あなたは自分の忙しさと、自分の痛みを言い訳にして、わたしの声を聴かないのか?
何故、わたしの心の叫びを、あなたは面倒だと感じているのか?
彼女の叫び声は凄まじく、どんな音より、彼を苦しめ始める。
彼は眼を閉じ、耳を塞ぐ。
なんて煩い犬だろう‼︎どんな愚かな豚よりも煩い‼︎
君は彼女に悩まされ、自分が間違っていたことを想い知る。
彼女は全く僕の従順な犬ではなかった…‼︎
僕の求める犬に、彼女はなってくれない。
彼女は今、僕を喜ばせることより、僕を苦しめることに夢中だ‼︎
僕が馬鹿だった。
彼女の何をも、僕はわかっていなかった‼︎
君は彼女に言った。
僕は今、痛くて、忙しいから、君の訴えを聴いていられない。
彼女は涙を流し、君に言った。
もう此処へは、わたしは帰らない。
わたしはあなたの犬じゃない。
わたしはあなたを楽しませる豚(肉)でもない。
わたしは人間なのです。
もうわたしの家畜であるあなたの元に、わたしは戻らない。
goodbye.
さようなら。
わたしを悲しませるわたしの家畜であるあなた。
彼女は、そう言って彼の元から去った。
彼は自分を喜ばせる犬を喪ったような気持ちで、寂しがった。
だが、彼女は真に彼を愛していたので、彼女は独りで夢想した。
彼が彼女を愛し、こう囁く日を。
ある夜、彼女が家に帰ると彼がキッチンに立っており、火にかけた鍋を掻き混ぜながら彼女を振り向いて微笑みかける。
彼女は鍋のなかを覗き込む。
そこには彼の血と肉が、煮えている。
やあ、これは豚の食べ物。
骨はどうしたの?
彼女が彼に訊ねると彼は答える。
犬に遣った。
そして彼は言った。
ちいさな、銀色に光るメタリックな冷たいリングの穴を彼女に向けて。
僕のなかへ、入り給え。
彼女は本質を現し、無限の闇が、彼のなかへ、その小さな穴のなかへ身を細め、その身をくねらせながらゆっくりと、挿入し始めた。
その穴のなかで闇は光を射精した。
彼は宿した。
彼女の無数の星たちを。
そしてそのすべてが、彼と彼女に従順ではなかった。
彼らは姿こそ人間のように見えたが、犬や豚と同じように生きて、同じように死んだ。
血と肉と骨が沈み、また浮かび上がった。(それは永久に繰り返される。)
冷たい穴のなかではいつでも闇が光と交り合いとぐろを巻いて眠っている。
彼は彼女に、彼女は彼に対し、真に従順であった。
何も、終らぬ日まで。