日本の芸能事務所は力を持ちすぎている。本来事務所はタレントに仕事を紹介、斡旋するのが主な役割であり、タレントは事務所の働きぶりが気に入らなければ容易に契約を解除できるべき。
本当はタレントが一番上で、事務所は一番下の立場でなければならない。しかし日本ではその立場がまったく逆になってしまっている。
ここがすべての「元凶」
ここが変われば、そこに付随した様々なことも変化せざるを得ないだろう。こうして日本の芸能界の体質は変わっていく…と思うのですが。
しかし、「既得権益」の味を知ってしまった者たちは、その権益を容易に手放すことはない。だから
早急な法の整備が必要なわけです。
アメリカのように、芸能界に特化した人権法案の立法が急務。そうでもしなければ、芸能界が変わることはない。
でも、これはあくまで、私の個人的な感覚ですが
日本人は、日本社会は全体的に、芸能人や芸能事に対して
「冷たい」
日本の歴史において、芸能者は長らく「漂泊の民」であった。
芸能とは本来、神に捧げるものであったわけですが、時代の流れと共に世俗化していく。そうして本来聖であった芸能者は零落して行き、一般庶民とは異なった習俗を持つ彼ら芸能者は、神と繋がる者たちとして畏れられ、その畏れがやがて恐れに変わり、さらには差別の対象となっていく。
やがて恐れの念は忘れ去られ、差別だけが残っていく。
能を創始した観阿弥、世阿弥は被差別民であったと思われ、歌舞伎の初代市川團十郎はかつて「菰の十蔵」を名乗っており、「菰」は被差別民の象徴とされていたらしいので、この方もまた被差別民だった、らしい。
この菰の十蔵は元々博徒、侠客、早い話がヤクザであったらしい。
芸能界と反社との腐れ縁というのは、江戸の昔あるいはさらに古からの縁かもしれず、この辺の闇は、実に深い。
まあ、この辺りの話は、話半分で聴いてくれて構わない。いずれであるにせよ、法による介入がない限り、芸能界が変わることはないでしょう。
しかし、先ほど挙げたように、日本社会には芸能者に対する仄かな差別意識の残り香のようなものが
未だに残っている、のかもしれない…。
まあ、ほとんどの日本人は差別などしていないだろうし、差別心の残り香があったにしても、ほとんど意識されることはあるまい。
でもね、意識されない差別意識というのが、一番
厄介なのよね。
そういう意味では、芸能界の問題は一芸能界だけのものではない。日本社会そのものの、大きな問題と言えるかも
知れないねえ。
まあ、なんでもいいです。とにかく早急な法整備が必要。でも
誰かやってくれる人、法案を出してくれる人
いる?