リベラルくずれの繰り言

時事問題について日ごろ感じているモヤモヤを投稿していこうと思います.

ウソではない曖昧答弁を見逃すな

2018-03-19 | 政治
財務省による公文書改竄が明らかになって政府の関与が集中審議されている.
安倍首相は「理財局内の決裁文書など存在すら知らない.指示のしようがない」として改竄への関与を否定したそうだ(朝日新聞2018-3-19).「決裁文書など存在すらしらない」というのは事実なのだろう.「これこれの決裁文書から私や妻の関与に関する記述を削除しろ」という具体的な指示を出しようがない,という意味では首相の発言は正しい.だが問われているのはそこではない.決裁文書の存在など知らなくても,「私や妻に不都合な記録がないように」という一般的な指示を下すまたはにおわせることは十分可能で,問われているのはその点だ.議論の対象を極端なものにすり替えて否定すればウソにはならない.質問者は,そういう曖昧答弁で逃げられないように注意してほしい.

先日も裁量労働をめぐる問題でそういう「ウソではない」答弁があった.
加藤厚労相は裁量労働制の乱用を取り締まった例として野村不動産への特別指導に言及したが,実はその特別指導が社員の過労死をきっかけとしていたことがわかった.答弁時に厚労省が特別指導の経緯を承知していたがどうかが問題になったが,加藤氏は「それぞれ労災で亡くなった方の状況について逐一、私のところに報告が上がってくるわけではございませんので、一つ一つについてそのタイミングで知っていたのかと言われれば、承知をしておりません」と答えた(asahi.com).野党はこれを「答弁時には承知していなかった」と解釈して,後でそれと合わない事実が判明すると「答弁修正だ」などと批判したようだが,答弁は「一つ一つについて(全部)承知しているのではない」と,やはり対象を極端化した上で否定している.「そのタイミングで」の解釈が微妙だが,やはり「その事例について承知していなかった」と解釈するのは苦しいのではないか.野党が批判すべきは,答弁を修正したことではなく,一般論で逃げたことだろう.

対象を強く限定した上で否定すればウソにはなりにくい.そんなことは政治家に限らずレトリックの初歩だろう.限られた質問時間で苦労しているとは思うが,野党はそのような曖昧答弁で逃げられないよう,質問を工夫してほしい.


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