3. 恋する黒髪 和泉式部の恋の歌
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」一部引用再編集
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同じく「和泉式部集上」にある有名な恋の歌。これは「後拾遺集」にも採られている。
黒髪の みだれもしらず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき 「後拾遺集」恋三
和泉式部の恋の代表歌の一つである。具体的な場面を写し出したようにリアルにうたっているが、現場があって詠まれたのではなく、さまざまな恋の中の一場面としてうたわれている。一首の中にすでに物語があるような魅力がある。黒髪のみだれを心のかたちとしてうたう習慣は、女の歌の歴史を縦に貫いて、近代の与謝野晶子の「みだれ髪」にまで及ぶが、黒髪の歌にはどれも女のじょうねんがこもったものが多い。和泉式部の上句の場面も悩み深い心の内を秘めたまま、相手の胸に訴えるように「うちふ」し嘆く姿であろう。定家はこの歌を本歌にして、男の立場からやさしい返し歌を詠んでいる。
かきやりし その黒髪の すぢごとに うちふすほどは 面影ぞたつ 「新古今集」恋五 藤原定家
「面影」としてその場面をみているのだから、これは現場ではない。「恋五」という部に収録されているので、読みも、過ぎ去った恋の、ある場面への回想である。その対象がはるかな昔の和泉式部の歌の場へのリアルな接近と考えてもいい。こういう作歌の場は和歌の中で少なからず工夫されているし、現代短歌の中でも一方的にある歌への返歌としてうたう場は面白さを残している。
(以下略)
参考 馬場あき子氏著作
「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」