2. 身捨つるほどの 和泉式部の恋の歌
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」一部引用再編集
*******本篇は特に難解です
「和泉式部集」を繙(ひもと)いてはじめにまとめられた「恋」の部をみれば、代表作としての「恋」の名歌はかなり出揃っている。何首かを見てみる。
いたづらに身をぞ捨てつる人を思ふ心や深き谷となるらん 「和泉式部集上」
(人を思う心は、たとえば深い谷となってゆくのだろうか。その谷に私は、ついに身を捨ててしまったようだ)
「人を思う心」を「深き谷」だといっている。これは言葉のあやとしての比喩ではない。式部が多くの「恋」の場を通して得た実感といった方がふさわしい。その心づくしの谷は深く、暗く、恐ろしいような空隙である。いったん身を投げればその人の人生を狂わせるような「谷」の自覚が式部の恋なのである。命がけのような真摯な眼がそこにはある。本物の心と出会おうとする冒険が式部の恋の一つ一つにあったかと思わせるような恋の部の冒頭歌である。この歌には本歌と見なされる歌がある。
世の中の うきたびごとに 身を投げば 深き谷こそ あさくなりなめ 「古今集」雑躰 よみ人しらず
世の中の うきたびごとに 身を投げば 一日(ひとひ)に千たび 我や死にせん 「和歌九品(藤原公任著)」
「古今集」の歌は第三句を順接の「ば」でつないでいるので少し理屈っぽい仕上りになったいる。公任が引用した歌は下句が少し異なるものだが、同じ順接の「ば」をつなぎとしながら下句は異想性のある展開で面白味が生まれている。
(以下略)
参考 馬場あき子氏著作
「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」