それの続き・・・
「戦争や災害の後、人は失われた日常に気づきます。
平和とは、日常を取り戻すことです。」
今日の毎日新聞社会面。
この前亡くなった詩人の長田弘さんが亡くなる前日に語った言葉だという。
「長田弘さん、死の前日、最後の言葉」という大きな見出しがあった。
「・・パトリオティズムというのを
日本では何か高揚したナショナリズムのように受け取っているけど、
欧米では生活様式への愛着を指す言葉で、
愛国心と訳すのは正しくない。・・・・
パトリオティズムは宏量(こうりょう)だが、
ナショナリズムは狭量だ。」
・・・こういう文もあった。
なんだか読んでいて涙がこぼれた。
一人一人が当たり前な毎日を暮らして行けることが平和。
戦争や災害だけじゃなくても、
心はすぐに当たり前じゃなくなるわたし。
でも住んでいる日本は戦争をしてないから、じっくり立ち止まることもできる。
戦禍の中だったらそれどこじゃないだろう。
長田さんの斜め横顔が写っていたけど、
とても翌日死んでしまうような顔をしてないと思った。
「・・・こういう確固とした日常への愛着を、
まだ、ずっと書き続けたかった。」というのがあった。
もうこの人生は終わりなのだとその横顔は知っていたんだろう。
そんなふうに思って亡くなって、あの世に行って、
あの世からこの世はどんなふうに見えるんだろう・・・
いつまでそんなことをしてるのか・・・って思うのか・・・
そんなこと一切思わないのか・・・
この世への愛着、生活様式への愛着、それは何処へ行ってしまうんだろう・・・
本当にわからない。