BSの「 昭和は輝いていた 」を録画して観ています。
司会者は武田鉄矢さん。いろいろとトーク番組で他の人が話している性格についてのうわさは聞きますが、お話は面白いし博学でトークを楽しんでいます。
9月9日放送の回は、作曲家・編曲家の川口真さんでした。
名前は知りませんでしたが、作品を挙げられるとよく知っている歌ばかりでした。
坂本九さんの「 見上げてごらん夜の星を 」で編曲家としてデビュー。ベンチャーズの編曲も。
1969年、弘田三枝子さんの「 人形の家 」で作曲家として本格的デビュー。
私が18歳の乙女のころ。 よく歌いました。
弘田三枝子さんは、溌剌としてパンチのきいた歌声で、「 バケーション 」を歌っていましたが、このころはすっかり痩せてきれいな大人の女性になっていました。
そのままでよかったのに、晩年は、、、、残念。 話がそれました。
由紀さおりさんの「 手紙 」 金井克子さんの「 他人の関係 」と、夏木マリさんの「 絹の靴下 」は振りを真似て歌っていました。
布施明さんの「 積み木の部屋 」と、小川知子さんの「 別れてよかった 」と内藤やす子さんの「 弟よ 」は好きな曲でした。
競馬のファンファーレや、ウルトラマンタロウのテーマ曲やCMのカールの曲も作曲されたそう。
「 人形の家 」は、失恋の歌だと思っていたのが、違っていました。なかにし礼さんが子供のころの体験から作られた詩だそうです。
満州に行った人たちが、戦争が終わって、どさくさにソ連軍が入ってきて、軍( 国 )に見捨てられ、残されて、亡くなったり苦労をして、やっと、帰国したことを子供心に覚えていて、
その悲しみを失恋の歌に変えて作ったそうです。 腑に落ちました。 哀しい歌だったんですね。
そこで最近読んだ漫画に描いていたことを思い出しました。
太平洋戦争終戦直後の1945年8月22日。北海道留萌沖の海上で樺太から北海道へ引き上げる人員を乗せた日本の引揚船3隻が、ソ連軍と見られる潜水艦の攻撃を受け沈没しました。
犠牲者は1708名といわれ、のちに「 三船殉難事件 」と呼ばれているそうです。
8月15日、日本がポツダム宣言を受諾すると、イギリス軍やアメリカ軍は即座に日本軍への攻撃を停止しますが、、終戦直前に対日参戦したソ連軍は、これを無視し、樺太に侵攻します。
日本政府は、婦女子や老人を避難させるため3隻の船に分乗させ、本土に送還しようとしましたが、多くの命が奪われました。
また、新聞に、「 最後の満州開拓団 」のことが書いていました。
長野県の「 阿智郷開拓団 」が満州に送り出されましたが、終戦直前にソ連軍が満州に侵攻し、多くの命が奪われました。他にもレイプ、略奪、強制連行など。
ウクライナ侵攻は、全く同じことの繰り返しで、少しも変わっていません。 哀しい現実です。 戦争から生まれるのは悲劇だけだと結んでいました。
楽しい歌番組から、すっかり戦争の話にそれましたが、ウクライナ人もロシア兵も死んでほしくない。早くこの戦争が終わることを祈っています。
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