憲法記念日の昨日、某地方紙の社会面に「皇室に人権はあるか」との見出しの記事が載っていた。見出しはほかに二本「結婚や『引退』多い制約」「自由な意見表明も難しく」。続く記事はこうである。
≪天皇の代替りという歴史的節目に当たり、皇室と憲法の関係に目を向けると、多くの人権が制約されていることが分かる(後略)≫。
記事を書いていいるお方も編集者も「皇室(族)にも人権はある」との前提に立っているとみられる。しかし、天皇、皇后、皇太子はもとより、皇族に人権などないと考えるのが素直ではないか。皇族は国民の権利・義務とはほとんど無縁だからだ。天皇家には戸籍がない。苗字もない。選挙権ももちろんない。相続税や勤務した際の所得税はお払いになっているようだが、詳しいことは分からない。
「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」。1946年1月1日、昭和天皇から発せられたこの行は「天皇の人間宣言」として知られるが、「朕は人間だ」などとは言っていない。また、「爾等国民」との言葉からは国民の中に天皇は含まれないとみることができる。
天皇は日本国民ではなく、したがって日本国民が享受している人権もない。普通に考えるとそうなる。記事の結びにはこうある。
≪天皇、皇后を支える宮内庁幹部は「皇室と人権の話は、結局は国民がどう考えるかの問題だ。ゴシップとしてではない形で関心を持ってもらえるとありがたい」≫。天皇(家)の人権を尊重するということは、天皇制の否定にもつながりかねない。「私は皇位に就きたくない」との自由も認めることになるからだ。「国民がどう考えるか」と投げかけられれば、考えますけどね…。
≪天皇の代替りという歴史的節目に当たり、皇室と憲法の関係に目を向けると、多くの人権が制約されていることが分かる(後略)≫。
記事を書いていいるお方も編集者も「皇室(族)にも人権はある」との前提に立っているとみられる。しかし、天皇、皇后、皇太子はもとより、皇族に人権などないと考えるのが素直ではないか。皇族は国民の権利・義務とはほとんど無縁だからだ。天皇家には戸籍がない。苗字もない。選挙権ももちろんない。相続税や勤務した際の所得税はお払いになっているようだが、詳しいことは分からない。
「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」。1946年1月1日、昭和天皇から発せられたこの行は「天皇の人間宣言」として知られるが、「朕は人間だ」などとは言っていない。また、「爾等国民」との言葉からは国民の中に天皇は含まれないとみることができる。
天皇は日本国民ではなく、したがって日本国民が享受している人権もない。普通に考えるとそうなる。記事の結びにはこうある。
≪天皇、皇后を支える宮内庁幹部は「皇室と人権の話は、結局は国民がどう考えるかの問題だ。ゴシップとしてではない形で関心を持ってもらえるとありがたい」≫。天皇(家)の人権を尊重するということは、天皇制の否定にもつながりかねない。「私は皇位に就きたくない」との自由も認めることになるからだ。「国民がどう考えるか」と投げかけられれば、考えますけどね…。
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