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『カフェ・魔女』店主の叔母は屋根を見上げた。風見鶏は北を向いている。叔母はキャリーカーの持ち手を南に向けた。
「じゃ、行ってくるわ」
「叔母さん、神経痛は大丈夫?」
「うん。大分前からビタミンB とE、B1誘導体やB6なんか入っているのを飲んでいるからね、大丈夫」
「膝が痛かったんじゃなかったっけ?」
「それも大丈夫。毎日筋トレしていたから」
「えらい気を入れて準備していたんだね」
「そうよ。今度こそ行くわ」
叔母は俺に手を振ると、カラカラとキャスターを鳴らして歩き出した。ミニの黒いスーツに黒いヒール。どう見ても遠くまで出かけるような服装ではない。
「叔母さん、靴は低いのを履いていったら」
「無いのよ。あるのはヒールばっかり」
「疲れるよ。それに、出来ればパンツを穿いた方が活動的だと思うけどな」
「このままでいいわ、こんなスタイルの仕事着ばかりしか無いのよ」
叔母は立ち止まり風見鶏を見上げた。台風でも来るのか風の向きが変わった。
「早く出かけないとまた行きそびれるわ」
「叔母さん、風見鶏が西を向いたよ。それに、何処へ行くの?」
「どこって、何処でもいいのよ、此処でなければ、あそこの曲がり角までだって」
叔母は急ぎ足。風見鶏が音を立てた。
「あ、南を向いちゃったよ」
叔母は振り返ると、軽やかな足取りで『カフェ・魔女』の店に戻った。これで、叔母の三度目のプチ家出が終わった。
「熱いコーヒーを入れるわ」叔母はもうエプロンを着けている。
著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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