八月二十四日(木) 晴れ
M店舗の《サイン塔》とも言うべく目印になる部分の仕上げが、一向に出来上がらない。
建物の正面(屋根上から)7mも突出して形はまるで、フランスの『凱旋門』並だ。
中が空間でこれには頂上で半円形がくっついており、雨漏り対策上最も気にかかる詳細に
なっている。
デザイン者から見るとメインだのアクセントだのインパクトだのおっしゃるけれど、創る側
からみれば何の事はない、ただの鉄の《飾り塔》だ。
(平屋建てに煙突の如く凱旋門を作って、低層建築物及び田んぼと民家しかない所で、目印も
クソもあったものじゃあない)
これが職人を含めての本音だ。
「デザインはしましたけど構造的にはプロではないので、その辺の仕事のオサマリは任せます
ので、よろしく・・・」
とボソッと言われればどうしようもない。
全く創る側の全責任だ。
どうりで超安全設計になっていたのだが、変更すると『手を抜いた』とも言われかねないので、
設計図通りに工場製作したのがムダに思える。
(変更打ち合わせ期間さえない突貫工事でもあったが―――)
これが今ネックになって、足代解体がズレ遅れそうな気配から外構工事に余裕がなくなる。
高い所から下へと仕上げて来る手順は、人間が飛びながら作業が出来ない以上当然だ。
一旦、足代を解体して、外構工事を部分先行させて、また足代を組む方法も検討した。
当然経費は倍以上かかるけれど、今、何らかの手を打たねば、工期にアウトが目に見えて来た。
足代解体が始まると周辺立入禁止も出来ない中、竣工目前で内装工事職人の出入りが多くなって
来て、ヘルメット・安全帯も着用せず(室内作業で危険が少ない)安全監理とは口先だけだ。
ここへ安全パトロール隊が来たら
「心臓が止まるぜ」
と言っていた藤本工事部長の言葉が頭をかすめる。
内装工事は天井下貼り迄完了しているので、後(クロス・塗装工事等)は何とかなりそうだ。
WC、事務室、玄関等狭い空間に集中して職人達がいる。
少しでもズラして工事を行うと能率がいいのだけれど、壁だ、天井だ、配線だ、寸法取りだと
目まぐるしい人の出入りの中で、徐々にだが仕上がって来ているので幾分落ち着いていられる。
しかし、問題は床だ。
床の仕上げの段取りが全く予定つかずだ。
これだけの人の出入りで床を仕上げるには、室内立入り禁止以外にないと決めている。
床カーペットタイルはコンクリートに直貼りだが、入念に掃除して、順番に貼って行かねば
ならないし、仕上がったこの上に土足で上る事は厳禁だし、脚立を立てて天井に冷暖房器具を
取り付けるのも、本来ならゴメンこうむりたいものだ。
そこまでは今回は無理を言えないので使用を認めたが、仕上がった床に傷がついたら……と心配
だった。
しかし、工期迄の工事量を順番に頭に描いていたら、とてもまともに納る事はなさそうな予感が、
心臓を圧迫してくる。
(何とかなるさ―――)
と思えず『責任感の強~い、気の小さ~い』私の性格が情けない。
事故があるとしたら脚立から落下・転倒による労災発生を防ぐ厳重管理が必要だ。
どういう訳かこのM店舗へ来ると、喫茶店へエスケープしたくなる。
責任を逃れたい為か見るに見兼ねて、やる気が失せて来るからか、自分の思い通りに人を動
かせないじれったさからだろうけれども、喫茶店からの窓越しで現場を見ている。
全く第三者的にモノを考えていられるのも、窓側から聞こえて来る軽いノリの音楽のせい
かも知れない。
バックミュージックに流れているのは、昔、学生時代に明けても暮れても演奏(ピアノ弾き)
していたグレンミラー、クインシージョーンズ、デュークエイリントン等のジャズだ。
スウィングジャズがこんないら立った心境の時に、落ち着きを取り戻してくれるとはあり難い
ものだった。(建築屋でなく音楽関係の道に進みたかった……私の心がよみがえる)
私には快(こころよ)い音楽でも
「ジャズはサッパリわかんねえ」
と言う職人さんとの打ち合わせ時には場違い(保護帽・安全靴姿)だった店ではあるが・・・
夕刻にKビルへ戻ったら、F君の自信の声だ。
「最後のフロアー6階のコンクリート打設を29日に決定しました。全て手配完了です」
「うん、有り難う、御苦労さん、今回はポンプ工から手違いの電話がなかったかね?」
と冷やかしてみた。
「『あのお盆前の狂騒曲は何だったンだ?』と言っておやりよ」
と破顔一笑で冗談を言う。
お盆直前に打設した現場は他の現場と再開も重なって、圧接工、鉄筋工、大工等の奪い合いと、
足の引っ張り合いで、とても今月末迄にコンクリート打ち出来る事はあるまい。
小さな現場とかお盆前に打てずに延びてしまってた所をポツンポツンと打っているのが毎年
の盆明け8月後半の仕事だ。
そして9月の第一週に再びピークがあって、年末にまた大パニックになる・・・。
その中で8月末日迄には余裕を残した日に、コンクリートが打設出来るという我々の現場は
相当『強運』と思われる。
Kビルはお盆前には次の階の柱の鉄筋組立を『完了していた』分、他の現場より相当早いコ
ンクリートの打設となったので《段取りの良さだ》と自慢しておこう。
私はM店舗へ飛んで行ってしまっていたこの一ヵ月なのに、4階、5階、6階へとペースを
守り続けて工程監理をしてくれたF君、それに協力してくれた職長さんや職人さんに
「アリガトウ」
の感謝の気持ちと「ゴメンナサイ」の気持ちを、示さねばなるまい。
A設計事務所とも少し御無沙汰しているので、打設後は『焼き肉大パーティ』をしよう。
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