【YouTube】Maiden Voyage
処女作こそ作家の集大成と言われるけど、
⇒今年生誕100年の太宰治なんて「晩年」でデビューだし、
敬愛する三島由紀夫は「仮面の告白」で一生仮面で通したし、
村上春樹は「ボクは・君たちが・好きだ」を言い続けている感じがする。
このHerbie Hancockの「処女航海」はタイトル通り
とてもSensitiveかつ情感あふれる揚々たる雰囲気で、ボクのお気に入りの1枚だ。
1965年発表だからさすがにボクも生まれてないけど、
Jazzも成熟期に入ってHard BopからModeへ移行して
Jone Coltraneも精神世界まっしぐらって感じで
取り残されたChet Bakerはヨーロッパを彷徨う…
まさに、Jazzが変化を求められていた時代だった。
だからこそHerbieは「処女航海」というタイトルで
自分の新たな船出に発破をかけたのだろう。
●
早いもので8月もすでに14日。明日には終戦記念日を迎える。
内地では帰省ラッシュと台風と地震が重箱のようにセットで
ボクの実家の仙台じゃ、「今年は梅雨明け宣言いたしません」って
匙を投げたような気象庁の振る舞いで、夏って季節を体感することもできない始末。
渦中のボクはと言えば、9月24日に沖縄を離れるべく、
東京の不動産を方々当たり、再来週には現地で物件を巡る段取りをつけて
引っ越し業者へ見積もり依頼を出し、東京の派遣会社に履歴書を送り、
沖縄でやり過ごしたことはないか…あと5回の週末を迎えれば、
この地ともおさらばだ…などと得意の感傷ムードに浸ったりして、
わけもなく12年前に訪れた那覇市泊のユースホステル付近を撮影したりしている。
このところの芸能人の薬物騒ぎや地震のニュースも
先月までは「彼の地メトロポリスTOKYOで起きた出来事」で済ませられた話が、
我が身にふりかかった災難のように想像をたくましくしている自分がいる。
「TOKYOへ行ったら地震で押し潰されちゃうかもね」
そんなちょっとしたセリフすら「そうだよなぁ」と天を仰いでしまうのは
やはり東野圭吾の「白夜行」を読了した名残もあるかもしれないけど、
⇒幼い頃から陽の目を見ぬ「白夜」な生活を強いられ、人々の目をくらます企てばかりしていた…なんて
のほほんと暮らしている自分には別世界だけど、過酷な緊張感の中で感覚を研ぎすますその生き方は
なんというか逆に「生きる」ことのすばらしさを伝えているような気がして…
「自分はどこから来てどこへ行くのか」その航海図を大きく広げているようで
今のこの境遇は、人生で一番重要な時だろうな…と思っているからだろう。
「そうだよなぁ」
船で1時間もすれば珊瑚が一面に広がる「生きた海」を体感できる
そんな「パラダイス」に自分は今居るというのに、
地震の恐怖もリアルな摩天楼TOKYOにわざわざ足を踏み入れる…だなんてなぁ。
沖縄の海、沖縄の空、沖縄の人々…。
その何もかもが胸に迫ってくるけれど、
だからこそ、ボクはこのタイミングで沖縄を離れるべきなんだろうな…
…とも思っている。
「毎日がリゾート」の求人広告で訪れた島だからこそ、
「パラダイス」なイメージを永久に保持したまま、ボクは離れる。
この記憶を、この体験を、なんとか表現に活かしたい。
アンビバレンツな性癖だから、今こそTOKYOな気がするんだ。
「うまく転がるといいよね」
処女作こそ作家の集大成と言われるけど、
⇒今年生誕100年の太宰治なんて「晩年」でデビューだし、
敬愛する三島由紀夫は「仮面の告白」で一生仮面で通したし、
村上春樹は「ボクは・君たちが・好きだ」を言い続けている感じがする。
このHerbie Hancockの「処女航海」はタイトル通り
とてもSensitiveかつ情感あふれる揚々たる雰囲気で、ボクのお気に入りの1枚だ。
1965年発表だからさすがにボクも生まれてないけど、
Jazzも成熟期に入ってHard BopからModeへ移行して
Jone Coltraneも精神世界まっしぐらって感じで
取り残されたChet Bakerはヨーロッパを彷徨う…
まさに、Jazzが変化を求められていた時代だった。
だからこそHerbieは「処女航海」というタイトルで
自分の新たな船出に発破をかけたのだろう。
●
早いもので8月もすでに14日。明日には終戦記念日を迎える。
内地では帰省ラッシュと台風と地震が重箱のようにセットで
ボクの実家の仙台じゃ、「今年は梅雨明け宣言いたしません」って
匙を投げたような気象庁の振る舞いで、夏って季節を体感することもできない始末。
渦中のボクはと言えば、9月24日に沖縄を離れるべく、
東京の不動産を方々当たり、再来週には現地で物件を巡る段取りをつけて
引っ越し業者へ見積もり依頼を出し、東京の派遣会社に履歴書を送り、
沖縄でやり過ごしたことはないか…あと5回の週末を迎えれば、
この地ともおさらばだ…などと得意の感傷ムードに浸ったりして、
わけもなく12年前に訪れた那覇市泊のユースホステル付近を撮影したりしている。
このところの芸能人の薬物騒ぎや地震のニュースも
先月までは「彼の地メトロポリスTOKYOで起きた出来事」で済ませられた話が、
我が身にふりかかった災難のように想像をたくましくしている自分がいる。
「TOKYOへ行ったら地震で押し潰されちゃうかもね」
そんなちょっとしたセリフすら「そうだよなぁ」と天を仰いでしまうのは
やはり東野圭吾の「白夜行」を読了した名残もあるかもしれないけど、
⇒幼い頃から陽の目を見ぬ「白夜」な生活を強いられ、人々の目をくらます企てばかりしていた…なんて
のほほんと暮らしている自分には別世界だけど、過酷な緊張感の中で感覚を研ぎすますその生き方は
なんというか逆に「生きる」ことのすばらしさを伝えているような気がして…
「自分はどこから来てどこへ行くのか」その航海図を大きく広げているようで
今のこの境遇は、人生で一番重要な時だろうな…と思っているからだろう。
「そうだよなぁ」
船で1時間もすれば珊瑚が一面に広がる「生きた海」を体感できる
そんな「パラダイス」に自分は今居るというのに、
地震の恐怖もリアルな摩天楼TOKYOにわざわざ足を踏み入れる…だなんてなぁ。
沖縄の海、沖縄の空、沖縄の人々…。
その何もかもが胸に迫ってくるけれど、
だからこそ、ボクはこのタイミングで沖縄を離れるべきなんだろうな…
…とも思っている。
「毎日がリゾート」の求人広告で訪れた島だからこそ、
「パラダイス」なイメージを永久に保持したまま、ボクは離れる。
この記憶を、この体験を、なんとか表現に活かしたい。
アンビバレンツな性癖だから、今こそTOKYOな気がするんだ。
「うまく転がるといいよね」