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沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【apr_01】運命の人

2012-04-02 | OKINAWA
2週遅れで昨日、「運命の人」最終話を観る。

「沖縄の現状がニッポンの縮図だ」劇中、弓成亮太が語る言葉だ。

沖縄返還に伴うアメリカとの密約問題を突き詰めた新聞記者が、
政府のパワハラにより、見事なほどの転覆に貶められる。

正直見終わって、ニッポンは戦後をいまだに引き摺っていると感じた。
アメリカ受容の歴史を戦後67年たった今も、断ち切れないでいる…と。

「アメリカンドリーム」という名の、富と名声への希求をモデルケースとして植え付けられ、
資本を増やすことこそが貴い行為であるがごとくの拝金主義をひた走ってきたニッポン。

その背後には軍事産業を「エンジン」に、戦争を「燃料」に
ピューリタニズムを掲げたアメリカ式正義_アメリカ式経済至上主義_の横行があった。

実に全世界の軍事費総額の半分もの費用を、アメリカは毎年国家武装に当て、
しかもその資金繰りの大半を国債に頼り、主に中国とニッポンが肩代わりしている。
67兆円もの米国債をニッポンは背負い込んでいるのだ。その額は優に、国家予算を超えている。

アメリカが沖縄から基地を撤退出来ない理由といえば、
基地の維持費をニッポンが「思いやり予算」で工面しているからとも言えるのだ。

どこまでも歪んだ日米協力体制。
すでに世界の均衡が大きく傾いている。
(そんな状況下での消費税増税問題。またも本質を見失った「やり過ごし」である)

それでもニッポンは「敗戦国」として、
ここまで「戦勝国」の顔色をうかがい、
生きてゆかなければならないのか。

…いや、ボクはそうは思わない。

戦後からずっっっっと、ニッポンは核心を避けて、うやむやでやり過ごす政策に終始してきた。

「運命の人」の密約問題が2012年現在もハッキリと明言されることなく、
うやむやとやり過ごされていることからも、それは明らかな話だ。

日本軍が沖縄県民に対して行った集団自決強要の是非を問う教科書問題にしても、
その核心には触れずに、結局やり過ごされてしまった。

巷で騒がれている原発問題もしかり。ニッポン政府はいまだに結論を回避し、
時間稼ぎをして、フクシマの今後を先送りしようとしている。

いったいニッポンはどうなってしまったのだろう。
(これは国民ひとりひとりが選んだ政府なのだ)

敗戦でここまで卑屈な国民性になったしまったのか?
破綻を来した「アメリカンドリーム」に、富と名声にそれでもこだわり、
パラダイムシフト出来ずに、沈没していく国ニッポン。

アメリカ式正義の経済至上主義に洗脳され、
お金を稼ぐことが目的化してしまったニッポン。

お金は稼ぐモノではなく、利用するモノ。
何処まで行っても手段でしかない。
そこにひとりひとりが早く気づくべきなのだ。

「運命の人」の投げかけた諸問題は、決して他人事ではない。
国民ひとりひとりが、しっかりと向き合って行かなければならない。

311以後の迷走するニッポンに、ニッポン人に、
TBSは大きな問題提起を投げかけたと思う。


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