2014年 9月10日
【私本太平記】第二巻読了。
「幕府の手の内、見えたり」と、なされて、後醍醐はいまや居直ッているお容である。
・・・しかし、いかに英邁豪胆でおわそうと、ただそれだけのものではない。
とりかこむ周囲の野望、それの刺戟剤となった宋学の新思潮、事々物々、可燃性的様相をはやめていた時の土壌というものなどが、それを援けていたといえよう。
上記の引用文は、≪かわりばんこ≫の中の一節である。
自らの秘めたる熱き想いと志、そして廻りを取り巻く環境や民意、更に人々と社会の底流に流れる意思・思想・宗教、それらの空間的状況を包含して時は移ろい流れゆく。
人の熱き思いが、やがて時代社会を動かしゆく様相が、手に取る様に描かれている。
正しく、若き日々に薫陶を受けたところの、時代社会を突き動かしゆく “変革の論理” 【時応機法の原理】 を垣間見る想いであった。
愈々、間もなく楠正成や高氏の活躍する場面へと移っていく模様である。
おもろいなぁ~。 明日、第三巻を図書館に借りに行こうぉ~っと!
深夜の寝る前の小一時間程が、唯一の楽しみである。
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