【誕生日】
☆ジャック・ドミ Jacques Demy (1931.6.05~1990.10.27)

ミュージカルとファンタジーをこよなく愛するヌーヴェルヴァーグ左岸派としては異色の映画監督です。
ロワール・アトランティックのポンシャトーに生まれ、ナントの美術学校を経て1949年から3年間パリの写真・映画学校で
学びました。1952年にアニメ作家のポール・グリモー監督の助監督を務めた後に短編を数本制作し、1961年に古巣ナントの
港を舞台に儚くも美しい恋を描いた『ローラ』で映画監督としてデビューを果たしました。
1963年に愛と運命をテーマにした『天使の入り江』を発表し、1964年にオペラ形式の実験映画『シェルブールの雨傘』を監督
しました。この作品はオペラ形式によるすべての台詞を出演者に唄わせるという画期的な手法により、港町シェルブールを
舞台にして、今でも心の奥で愛し合っている二人の切なくて残酷な愛の姿を浮き彫りにさせました。また、ヌーヴェルヴァーグ
左岸派であるにもかかわらず「雨に始まり雪で終わる」という映画文法の基本を守ることで感動のエンディングをさらに高める
ことにも成功し、どちらかといえば現実的なドキュメンタリータッチが主流の左岸派の中でも異色の存在となりました。
ただ、次作の『ロシュフォールの恋人たち』はあまりにもメランコリックなミュージカルに終始しすぎて失敗しています。
その後、一時ハリウッドに渡ったりしていましたが、フランスに戻ってからも夫人のアニュエス・ヴァルダとともに左岸派の
一員として映画作りに専念し、少年のような心で夢を追い続けました。
【主要監督作品】
1961年『ローラ』Lola

1962年『新七つの大罪・淫乱の罪』Les Sept Péchés capitaux , La Luxure
1963年『天使の入り江』La Baie des Anges

1964年『シェルブールの雨傘』 Les Parapluies de Cherbourg
1967年『ロシュフォールの恋人たち』 Les Demoiselles de Rochefort

1970年『ロバと王女』 Peau d'âne
☆トニー・リチャードソン Tony Richardson (1928.6.05~1991.11.14)

「怒れる若者たち」文学に誘発されてフリーシネマ運動の旗頭となったイギリスの映画監督です。
ヨークシャー州の シプリーに生まれ、オックスフォード大学卒業後はBBCのTVディレクターとしてドキュメンタリーや
ヴァラエティ、演劇の演出などで活躍していました。
1950年代半ばに入ってイギリスで古い英国社会に対する反抗する怒れる若者たちをテーマにした文学がブームとなり、停滞
したイギリス社会に対する怒りを込めた青年群がこの鬱積を打ち破ろうとする運動が起こりました。
リチャードソンもこの運動に参加して、まず舞台でジョン・オズボーンの戯曲『怒りを込めて振り返れ』『寄席芸人』などを
舞台演出し、さらにカレル・ライス、ジャック・クレイトン、リンゼイ・アンダーソンなどと共にフリーシネマ運動を起こし
1955年にカレル・ライスと共同で『ママは許さない』を監督、フリーシネマ運動の旗頭となりました。
1959年にズボーンの協力を得て映画『怒りを込めて振り返れ』を発表、閉鎖的な日常生活に流される貧しいトランペット奏者の
苛立ちと反抗を力強く描いたもので、これが全世界で大きな反響を起こし、カレル・ライス監督の『土曜の夜と日曜の朝』 、
ジャック・クレイトン監督の『年上の女』、リンゼイ・アンダーソン監督の『孤独の報酬』ジョン・シュレシンガー監督の
『或る種の愛情』などが次々と制作されてフリーシネマ・ブームの火付け役になりました。
リチャードソンはこの後も1961年『蜜の味』、1962年『長距離ランナーの孤独』と佳作を発表していましたが、1963年の
『トム・ジョーンズの華麗な冒険』で 突如商業監督に変身、この作品は一般受けしたものの現実としてはB級娯楽作品の
レッテルを貼られてしまいました。
しかし、1965年の『ラブド・ワン』では痛烈なアメリカ批判、1966年の『マドモアゼル』では人間の本性を突き詰めるなど
本来の鋭い視線が戻ったかに見えましたが、その後はフリーシネマ・ブームも去ってかつての輝きは失せてしまいました。
【主要監督作品】
1956年『ママは許さない』 Momma Don't Allow
1959年『怒りを込めて振り返れ』 Look Back in Anger
1960年『寄席芸人』 The Entertainer
1961年『蜜の味』 A Taste of Honey
1961年『サンクチュアリ』
1962年『長距離ランナーの孤独』 The Loneliness of the Long Distance Runner
1963年『トム・ジョーンズの華麗な冒険』 Tom Jones

1965年『ラブド・ワン』 The Loved One
1966年『マドモアゼル』 Mademoiselle
1967年『ジブラルタルの追想』 The Sailor from Gibraltar

1969年『悪魔のような恋人』 Laughter in the Dark
☆ステファニア・サンドレッリ Stefania Sandrelli (1946.6.05~ )

『イタリア式離婚狂想曲』で実質的にデビューしたイタリアの素朴な清純派女優です。
イタリアのアドリア海に面した避暑地ヴィアレッジョ出身で、高校学校卒業後はバレエダンサーを目指してバレエ学校に入学
しましたが、1959年にヴィアレッジョ名物の水着美人コンテストで第二位に入賞したのをきっかけにファッション・モデル
となり、雑誌の表紙を飾るようになりました。
1960年にマリオ・セクィ監督の "Gioventu Di Notte" (夜の若者)で映画デビューを果たし、1961年のピエトロ・ジェルミ監督
による『イタリア式離婚狂想曲』で若手のホープ・スターとして注目を集めました。
その後もハリウッドからの誘いを蹴ってピエトロ・ジェルミ監督の『誘惑されて棄てられて』『アルフレード・アルフレード』
などイタリアをはじめヨーロッパで活躍を続けました。
本名のサンドレッリは「白く清らかな花」という意味だそうで、名前の通り素朴で抒情的なムードの女優でしたが、1965年に
未婚の母となり、マスコミを大いに騒がせました。
【主要出演作品】
1961年『イタリア式離婚狂想曲』 Divorzio all'italiana
1964年『誘惑されて棄てられて』 Sedotta e abbandonata
1966年『タヒチの男』 Tendre voyou
1967年『ヨーロッパ式クライマックス』 Immorale
1969年『山いぬ』 Amante di Gramigna
1970年『暗殺の森』 Conformista

1972年『アルフレード・アルフレード』 alfredo, Alfredo