港町のカフェテリア 『Sentimiento-Cinema』


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『6月8日』その1

2019-06-07 17:49:51 | 明日は誰の日

【誕生日】


☆ボー・ウィーデルベルグ  Bo Widerberg (1930.6.08~1997.5.01)



ヌーヴェルヴァーグ理論でスエーデン映画のルネッサンス的存在となった映画監督です。
スエーデン南部のコペンハーゲン対岸に当たるスコーネ州マルメで生まれました。20歳の頃は小説家を目指し『秋の終わり』
『緑の瀧』などの作品を出版しました。1960年に夕刊紙の映画批評を担当したことから映画に傾斜しはじめ、ベルイマンの
北欧神秘主義に反発してヌーヴェルヴァーグ手法でスエーデンの現実社会を掘り下げる新し映画運動を始めました。
数本の短編を撮った後に、1963年に "Kvarteret Korpen" (貧民街)で田舎町の青年の絶望を描いて脚光を浴び、1967年には
実話に基づく悲恋物語をこれまでにない色彩の映像美とヌーヴェルヴァーグ的手法で描きあげ、国内の頂点に君臨していた
ベルイマンに対峙してスエーデン映画のルネッサンスを試みました。
また「グループ13」を組織して映画を民衆の元に戻す運動を始め、若い映画人の育成に尽力しました。

【主要監督作品】
1963年『貧民街』 Kvarteret Korpen
1967年『みじかくも美しく燃え』 Elvira Madigan

1971年『愛とさすらいの青春』Joe Hill


☆ルイジ・コメンチーニ  Luigi Comencini (1916.6.08~2007.4.06)



コメディ・タチッチとリアリズムを兼ね備えて大衆受けしたイタリアの映画監督です。
北イタリア・ガルダ湖畔の小さな町サロで生まれ、ミラノで建築を学びましたが、1935年頃にアルベルト・ラトアーダたちと
古い映画の調査・収集を始め「チネチカ・イタリアーノ」の副会長になる一方で、大学生映画連盟で映画展を設立するなど
映画の普及に尽力しました。
戦後になって1947年に病んでいく子供たちをテーマにした短編映画 "Bambini in Città" (街の子供)を監督、ネオリアリズムの
後継者化と思われたのですが、1953年には『パンと恋と夢』でその方向を転換、貧しいながらもイタリア人特有の楽天主義を
軽妙に描き、リアリズムの内面が風俗化に傾いていく「バラ色のネオリアリズム」と称されましたが、逆に一般大衆に大いに
受け入れられてジーナ・ロロブリジーダという新しいスターを誕生させました。
また、1963年にはパルチザン戦士と純朴な女性との愛を描いた反戦映画『ブーベの恋人』において、従来のリアリズムと
ロマンティシズムを融合させたいわゆる・ネオ・ロマンティシズムの作家として再び期待されたのですが、その後は完全に
商業主義作家になってしまい、1966年の『天使の詩』に至ってはお涙頂戴的な凡作に終わりました。

【主要監督作品】
1947年『街の子供』 Bambini in Città
1953年『パンと恋と夢』 Pane, amore e fantasia

1954年『パンと恋と嫉妬』 Pane, amore e gelosia
1963年『ブーベの恋人』 La Ragazza di Bube

1964年『愛してご免なさい』 Tre notti d'amore
1965年『バンボーレ』 Le Bambole
1966年『天使の詩』 Incompreso


『6月8日』その2

2019-06-07 17:32:32 | 明日は誰の日

【誕生日】


☆ジェームズ・ダーレン  James Darren (1936.6.08~ )



元アイドルでTVや映画で活躍したアメリカの俳優、ポップ・シンガーです。
ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれで、アイドルとしてTVなどに出演していましたが、1956年にコロンビア映画と
契約を交わし、同年の『波止場の鼠』でいきなり主演というラッキーなスタートを切りました。
その後も映画・TVで活躍を続けていましたが、1960年には歌手としての活動も始め、1961年の『恋も涙もさようなら』が
全米3位のミリオン・ヒット、翌年の『冷たい女王様』も全米7位を記録するなど歌手としても成功を収めています。
1961年の『ナバロンの要塞』、1963年の『ダイアモンド・ヘッド』では脱アイドルを目指しましたが、カラー・チェンジ
とはなりませんでした。近年はTVディレクターなどに就いていたようです。

【主要出演作品】
1956年『波止場の鼠』 Rumble on the Docks
1958年『草原の野獣』 Gunman's Walk
1960年『俺の墓標は立てるな』 Let No Man Write My Epitaph
1961年『ヤング・ハワイ』 Gidget Goes Hawaiian
1961年『ナバロンの要塞』 The Guns of Navarone

1963年『ダイアモンド・ヘッド』 Diamond Head

1964年『若さでブッ飛ばせ!』 The Lively Set 
1964年『踊れ!サーフィン』 For Those Who Think Young

【主要歌唱曲】
1961年『恋も涙もさようなら』 Goodbye Cruel World 全米3位【YOUTUBEより】

1963年『冷たい女王様』 Her Royal Majesty 全米6位


☆ナンシー・シナトラ  Nancy Sinatra (1940.6.08~ )



シナトラの娘という親の七光りで成功を収めたアメリカの女性ポップ・シンガーです。
フランク・シナトラの長女としてニュージャージー州ジャージー・シティに生まれました。高校時代から父親のTVショーに
出演し、父親の設立したリプリーズ・レコードから1962年に『レモンのキッス』で歌手デビューを果たし、日本においては
続く『いちごの片想い』『フルーツカラーのお月さま』によってフルーツ娘と呼ばれて人気を得ましたが、本国のアメリカ
ではこれらの曲は不発に終わっています。
1960年に結婚していたトミー・サンズとの離婚が転機となり、1966年の『にくい貴方』が全米1位の大ヒットして、続く
1966年の『シュガータウンは恋の町』も全米5位、1966年に父親とのデュエット『恋のひとこと』が再度全米1位に輝いて
女性ポップシンガーとして大成功を収め、1970年代前半まで第一線で活躍を続けました。
また、1964年からは映画にも進出しましたが、B級作品の傍役程度でした。

【主要歌唱曲】
1962年『レモンのキッス』Like I Do【YOUTUBEより】
 
1963年『いちごの片想い』Tonight You Belong To Me 視聴
1963年『フルーツカラーのお月さま』I See The Moon 視聴
1965年『ソー・ロング・ベイブ』So Long Babe 視聴
1966年『にくい貴方』These Boots Are Made For Walkin' 全米1位【YOUTUBEより】

1966年『シュガータウンは恋の町』Sugar Town 全米5位 視聴
1966年『恋のひとこと』Somethin' Stupid 全米1位【YOUTUBEより】

1967年『サマー・ワイン』Summer Wine 視聴
1968年『リトル・バード』This Little Bird 視聴
1968年『初恋の並木道』Things 視聴
1969年『ドラマー・マン』Drummer Man 視聴

【主要出演作品】
1964年『踊れ!サーフィン』 For Those Who Think Young
1964年『クレイジー・ジャンボリー』 Get Yourself A College Girl
1965年『結婚専科』Marriage On The Rocks 
1968年『スピードウェイ』 Speedway


☆スティーヴ・ローレンス  Steve Lawrence (1935.6.08~ )



妻のイーディー・ゴーメと組んだデュオで息長く活動を続けたアメリカのポップ・シンガーです。
ニューヨーク市ブルックリンに生まれ、1950年代後半にワシントンDC のアメリカ陸軍バンドの公式ボーカリストを務め、
その後キング、コーラル、ABCパラマウントとレコード会社を転々としました。
日本では1961年の『悲しき足音』の一発屋として知られていますが、本国では1960年の『恋のブルーアイズ』が全米9位、
1961年の "Portrait Of My Love" が全米9位、1962年の "Go Away Little Girl" (かなわぬ恋)は全米1位を記録するヒットメーカー
でした。また、1954年にデュオとして組んだイーディー・ゴーメとは1957年に結婚、2009年にイーディー・ゴーメが引退する
までレコードやステージでおしどり夫婦として活躍を続けました。

↓はスティーヴ・ローレンスの『悲しき足音』 【YOUTUBEより】


↓はスティーヴ・ローレンスとイーディー・ゴーメの『グリーン・アイズ』 【YOUTUBEより】



【ご命日】

★ロバート・テイラー Robert Taylor (1911.8.05~1969.6.08)



ロマンチックなヒーロー役を演じて当時の人気女優陣がこぞって相手役に指名したといわれるハリウッドの俳優。
主な出演作品として『歓楽の女王』『椿姫』『哀愁』『クォ・ヴァディス』『黒騎士』などがある。