【誕生日】
☆ボー・ウィーデルベルグ Bo Widerberg (1930.6.08~1997.5.01)

ヌーヴェルヴァーグ理論でスエーデン映画のルネッサンス的存在となった映画監督です。
スエーデン南部のコペンハーゲン対岸に当たるスコーネ州マルメで生まれました。20歳の頃は小説家を目指し『秋の終わり』
『緑の瀧』などの作品を出版しました。1960年に夕刊紙の映画批評を担当したことから映画に傾斜しはじめ、ベルイマンの
北欧神秘主義に反発してヌーヴェルヴァーグ手法でスエーデンの現実社会を掘り下げる新し映画運動を始めました。
数本の短編を撮った後に、1963年に "Kvarteret Korpen" (貧民街)で田舎町の青年の絶望を描いて脚光を浴び、1967年には
実話に基づく悲恋物語をこれまでにない色彩の映像美とヌーヴェルヴァーグ的手法で描きあげ、国内の頂点に君臨していた
ベルイマンに対峙してスエーデン映画のルネッサンスを試みました。
また「グループ13」を組織して映画を民衆の元に戻す運動を始め、若い映画人の育成に尽力しました。
【主要監督作品】
1963年『貧民街』 Kvarteret Korpen
1967年『みじかくも美しく燃え』 Elvira Madigan
1971年『愛とさすらいの青春』Joe Hill
☆ルイジ・コメンチーニ Luigi Comencini (1916.6.08~2007.4.06)

コメディ・タチッチとリアリズムを兼ね備えて大衆受けしたイタリアの映画監督です。
北イタリア・ガルダ湖畔の小さな町サロで生まれ、ミラノで建築を学びましたが、1935年頃にアルベルト・ラトアーダたちと
古い映画の調査・収集を始め「チネチカ・イタリアーノ」の副会長になる一方で、大学生映画連盟で映画展を設立するなど
映画の普及に尽力しました。
戦後になって1947年に病んでいく子供たちをテーマにした短編映画 "Bambini in Città" (街の子供)を監督、ネオリアリズムの
後継者化と思われたのですが、1953年には『パンと恋と夢』でその方向を転換、貧しいながらもイタリア人特有の楽天主義を
軽妙に描き、リアリズムの内面が風俗化に傾いていく「バラ色のネオリアリズム」と称されましたが、逆に一般大衆に大いに
受け入れられてジーナ・ロロブリジーダという新しいスターを誕生させました。
また、1963年にはパルチザン戦士と純朴な女性との愛を描いた反戦映画『ブーベの恋人』において、従来のリアリズムと
ロマンティシズムを融合させたいわゆる・ネオ・ロマンティシズムの作家として再び期待されたのですが、その後は完全に
商業主義作家になってしまい、1966年の『天使の詩』に至ってはお涙頂戴的な凡作に終わりました。
【主要監督作品】
1947年『街の子供』 Bambini in Città
1953年『パンと恋と夢』 Pane, amore e fantasia
1954年『パンと恋と嫉妬』 Pane, amore e gelosia
1963年『ブーベの恋人』 La Ragazza di Bube
1964年『愛してご免なさい』 Tre notti d'amore
1965年『バンボーレ』 Le Bambole
1966年『天使の詩』 Incompreso