息詰まる熱戦が繰り広げられている北京冬季オリンピック。
ただ、例によって、私は、興味薄。
連日のTVニュースも飽き飽き。
昨夏もそうだったが、あまりに内容がしつこいと、イラ立ちさえ覚えてしまう。
で、オリンピックの話題をやっていないチャンネルに変えてしまう。
しかし、この前の、スキージャンプ混合団体での出来事は、ちょっと違った。
そう、女子選手がスーツの規定違反で失格になった件だ。
軽はずみな感情なのかもしれないけど、その選手が泣き崩れている姿を見ると、こっちまで“うるっ”ときてしまった。
年齢でいうと娘くらいの子が、あんなに泣いているなんて・・・このポンコツ親父は、可哀想で 可哀想で、仕方がなかった。
そして、自分のダメさを棚に上げて、「人間としても選手としても、これをバネにもっと飛躍してほしい」と強く願った。
そんな二月も、もう中旬に入る。
今更、正月の話をするのもなんだけど・・・
その時季の風物詩の一つに餅がある。
で、この正月、餅を食べた人は多いだろう。
そういう私も食べた。
しかし、肝心の雑煮は食べなかった。
正月くらいは食べてもよかったのだけど、病人のように寝込んでしまい、結局、食べずじまい。
またしばらく、雑煮を口にすることはないだろう。
ただ、私の場合、普段から、たまに餅を食べることがある。
意識して常備しているわけではないのだけど、個包タイプは常温で長期保存できるから、家に餅が置いてあることが多い。
それを、時折、思い出したように食べるのだ。
好きな食べ方は、大福っぽくした粒餡トッピング。
チンして柔らかくした餅に、市販されている既成の粒餡をのせる。
それに、バター(正しくはマーガリン)を少し加えることもある。
ピーナッツバターを試したこともあるが、これはこれで美味だった。
ゴマ団子みたいな風味になるので、ゴマがあったら、ゴマを混ぜたりもする。
もともと、大福とか粒餡菓子は好物なので、とにかく、和菓子感覚で、甘くして食べるのが好きなのだ。
そして、食べるタイミングは、いつも就寝前。
晩酌の後の“締め”で食べるのだ。
ただ、そんな食べ方は、中年男の身体によくはない。
また、酒を飲んだ後、寝る前にそんなことしてたら、普通なら、速攻で太るはず。
なのに、今の私は、体重が増えない。
餅を食べない日はインスタントラーメンを食べることも多いのだが、まったく増えない。
歳のせいか精神的な問題が、食欲も減退しており、一日の総接種カロリーが大したことにはなっていないせいだと思う。
しかし、不健康に太るのはイヤだけど、不健康に太らないのもイヤなもの。
心身ともに元気になり、食欲旺盛なくらいに戻りたいと思っている。
しかし、そんな餅で事故が起きることがある。
毎年、正月は、餅をノドに詰まらせる事故が多発する。
そして、気の毒なことに、そのうちに何人かが、それで亡くなってしまう。
そのすべてが高齢者。
仕方がないことだが、老いとともに身体能力は落ちていくわけで、噛む力も飲み込む力も弱くなっているのだろう。
急に、呼吸ができなくなる苦しみと恐怖感を想像すると、気の毒で仕方がない。
依頼された現場は、街中に立つ一軒家。
二階建ての二世帯住宅。
故人は一階部分で生活。
二階には、本件の依頼者である故人の娘(以後「女性」)とその家族が生活。
で、故人は、自宅の風呂で、浴槽に浸かった状態で孤独死。
発見は比較的はやかったようだったが、それでも、しばらく放置されていた。
「湯に浸かっていた時間は数時間」
女性は、私にそう説明。
ということは、余程、湯が沸いてないかぎり、汚染はライト級のはず。
場合によっては、女性や家族でも掃除できるレベルではないかと思った。
しかし、
「浴槽の栓は抜けているのに、浴槽の半分くらいまで水がたまったままになっている」
とのこと。
排水口に何かが詰まっていることは女性にも容易に想像でき、何が詰まっているのかも、ある程度、想像できているよう。
そう、それは、故人の身体の一部・・・
結局、女性は、浴槽に水が溜まったままになっているのが怖くて、それ以降、浴室に入ることができなくなってしまった。
「たった数時間で?・・・追い炊き機能が動いていたのかな・・・」
私は、怪訝に思いながらも、女性の動揺が感じ取れたため、それ以上のことを尋ねるのはやめ、とりあえず、現場に行ってみることにした。
現場の到着した私を出迎えてくれた女性の顔は曇っていた。
そして、
「恐くて見れないんです・・・」
と、申し訳なさそうにした。
「家族とはいえ、誰しもそうですよ・・・」
と、私は、“気にすることじゃありませんよ”といった雰囲気を前面に醸して女性をフォロー。
それから、女性に促されるまま家に上がり、女性が指差す方の浴室に向かった。
浴室の扉を開けると、独特の異臭が鼻を衝いてきた。
ただ、それは熟成されたニオイではなく、わりとアッサリとしたニオイ。
あえて言うと、生活雑排水と糞尿臭を混ぜて濃くしたような感じ。
もちろん、これでも充分にクサいのだが、“クサいもの慣れ”している私には、「アッサリ」に感じられた。
「しかし・・・これは、“数時間”じゃないな・・・」
水の濁り具合やニオイの感じからして、私は、一~二日の浸水を想像。
ただし、そのことを女性に尋ねる必要は何もない。
また、「数時間」と言った女性の心情もよくわかる。
故人が、突然、風呂で亡くなったことも、発見が遅れたことも、不可抗力な出来事。
人知を超えた領域のことで、女性に非や責があるわけはない。
とは言え、二世帯住宅だろうと同じ家に暮らしていながら、父親の異変に気づくのが遅れたことに罪悪感みたいなものを抱いていたのだろう。
だから、「数時間」と言ったのは、世間体を気にしてのことや私に対しての気遣いだったのかもしれなかったが、自分でも そう思い込みたかったのだろうとも思った。
ちなみに、浴槽死で長期放置だと、かなり厄介なことになる。
想像できるだろう・・・自動運転機能が働いていると、低温調理みたいになって、もう、言葉では表せないくらい強烈なことになる。
しかも、部屋死亡のケースとは異なり、生臭いような、腹をえぐるような、何とも言えない独特のニオイを発する。
当然、見た目も超グロテスク!
色んなモノが溶け込んでいて・・・もう、頭がブッ壊れそうになる。
湯に浸かった遺体は、まず、皮膚が剥離。
よく、日焼けしたとき等に剥がれる、薄い表皮だ。
これが、水でふやけた状態になるから、厚みを増して大きく膨張し、見た目は半透明のレジ袋のようになる。
過去にも書いたが、脱皮したかのようにきれいに抜けている場合もあり、「手袋?」と見まがうくらい良質(?)の状態のものもある。
あと、身体の筋肉が死んでしまうわけだから、脱糞していることも多く、底に糞便が残っていることも少なくない。
おそらく、放尿もしてしまうのだろうけど、尿は水と混合してしまうため判別できない。
この風呂の水も、薄く汚濁。
底に何が沈んでいるか見通せず。
とにもかくにも、浴槽に水が溜まったままでは掃除のしようがない。
私は、まず、バケツで水を汲み、それをトイレに流す・・・バケツで汲みきれない水位に下がるまで、それを繰り返した。
もちろん、汚水をトイレに流すことは女性に許可してもらったうえで。
水位が下がるにつれ、水の濁りは増してきた。
底に沈殿していた異物が水流によって舞い上がるためだ。
ただ、目を引く程の固形物はなく、小さな皮膚の断片が数枚、クラゲのように舞ってくるぐらい。
ヘビーな何かが現れることに緊張しながらの息詰まる作業だったので、私は、ホッと一息。
その場で腰を伸ばして、特掃根性のギアを一つ落とした。
水位が数センチにまで下がったところで作業変更。
排水口は指が入れられる状態になり、私は、軽く指を差し込んでみた。
しかし、水中で手袋をしているせいか、何かに触れた感覚はなし。
とにかく、執拗に指を入れて詰まりがヒドくなったら、作業が行き詰まってしまう。
私は、排水口を目視できるようになるまで、浴槽の汚水を完全に除去することに。
バケツを小さな容器に変え、それでもすくえなくなったら、小さなチリトリを持ってきて、手で汚水をかき集めた。
そして、最後は、雑巾。
雑巾に染み込ませては、バケツに絞り・・・それを繰り返し、浴槽の底を完全に露出させた。
案の定、排水口には、遺体の一部らしき物体が詰まっていた。
一本しか入らない指は諦め、サジのような形状にした針金を差し込んで、少しずつ物体を取り出した。
取り出してみると、それは皮膚。
私は、それらを小さなビニール袋に集め入れた。
また、浴槽の底には、糞便も残留していたが、さすがに、それはトイレに流させてもらった。
皮膚と一緒に収拾したところで、女性も困っただろうし。
もっと言うと、気分を悪くしたかもしれないし。
私は、ビニール袋に入れた皮膚片をハンドタオルに包んで、女性に差し出した。
「何ですか?これは・・・」
私が差し出した包みを見て、女性はそう尋ねた。
「浴槽に残っていた皮膚の一部です・・・」
うまいウソを思いつかなかったし、ウソをついても仕方がなかったので、私はそう答えた。
「・・・・・」
女性は、絶句し手を口に当て、目に涙を滲ませた。
「火葬のとき、柩に入れてください・・・」
私が、そう言うと、女性はゆっくり包みを受け取った。
“余計なことをしてしまったかな・・・”
私は、そう思ったが、遺体の一部が浴槽に残留していたことは女性も察していたはず。
で、それを汚水と一緒にトイレに流したとなると、そっちの方がマズイことになると判断したのだった。
女性は、差し出した包みを悲しそうに見つめながら、
「・・・ということは、こういうものが外の浄化槽にある可能性もありますよね?」
と、私に質問。
私は、
「そうですね・・・その可能性はありますね・・・」
と返答。
すると、女性は、潤んでいた目を更に潤ませ両手で顔を覆った。
“しくじった!”
女性が悲しむ姿を目の当たりにした私は、とっさにそう思った。
ウソも方便、機転をきかせることができなかった私は、「その可能性はないと思います」と答えればよかったところ、バカ正直に答えてしまった。
女性は、浴室で体調が急変し、二階に向かって助けを呼んだかもしれない父親を一人で死なせ、それに気づかず放置し、ほんの一部とはいえ その身体をゴミ同然に流し捨ててしまったことを深刻に捉え、後悔の念と強い罪悪感に苛まれているようだった。
そうは言っても、私は、浄化槽の清掃まではできない。
仮に、できたとしても、日常生活で排出される多種多様の雑排物から、遺体のモノだけ取り出すのは不可能。
結局、女性に対して、気の利いた説明はおろか、何のフォローもできず。
何とも言えない息苦しさが漂う中、「仕方がないこと」と諦めてもらうしかなかった。
「きれいにしてもらって、ありがとうございました」
帰り際、女性は礼を言ってくれた。
が、その表情は曇ったまま。
私は、掃除屋としての仕事は完遂できたはずだったが、何かをやり残してしまったような感覚を拭えず。
女性の曇顔が自分のせいではないことはわかっていたけど、
“もうちょっとマシな仕事ができなかったかな・・・”
と、どことなく、ため息が出るような、息が詰まるような思いで現場を後にしたのだった。
-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社