特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

探しもの

2014-01-31 09:18:39 | 特殊清掃 消臭消毒
一月も今日で終わりか・・・
私にとって、この一月はえらく長く感じるものだった。
正月を祝ったのはたった一月前のことなのに、だいぶ前のことのよう・・・
精神状態がよろしくないせいで、一日一日を噛みしめながら・味わいながら過ごしたものだから、長く感じたのだろうと思う。
ま、一日一日をそうして過ごすのは、悪いことではない。
むしろ、いいことだと思う。
心地いいのか悪いのかわからない疲労感をともなうけど、時間の有限性を意識しながら過ごすのは、なかなか乙なものである。

悪いことといえば、気持ちに余裕がないこと。
そのせいかどうか定かではないけど、日常の生活で、探しているモノが目の前にあるのに視界に入らないことがたまにある。
例えば、カバンの中のボールペンとか、冷蔵庫の中の調味料とか、下駄箱の上の鍵とか。
完全に視界の中にあるのに、自分ではそれに気づかない。
冷静に探せばすぐに見つかるはずなのに、目がそれに気づかないのである。

それでも、
「ここにあったはずなのに・・・」
「おかしいなぁ・・・」
と怪訝に思いながら探し続ける。
そうすると、大方のものは見つかる。
しかも、自分の視界の中から。
そうすると、視界の中にあったのにそれが完全に見えてなかったことに気づく。
そして、「俺、どうかしてるな・・・」と、何かのトリックにひっかかったような、キツネにつままれたような奇妙な気分になるのである。


出向いた現場は、街中に建つ1Rマンション。
待ち合わせた依頼者は、若い男性。
男性は、先にいた私に近づくと緊張の面持ちで頭を下げた。

「死んだのは私の弟で・・・」
「自殺なんです・・・」
男性は、いいにくそうにそう言った。

「そうですか・・・」
「どんな亡くなり方でも、仕事はキチンとやりますから・・・」
素人みたいに驚くのは失礼だと思った私は、表情を変えずそう応えた。

男性兄弟の両親は健在だった。
が、二人とも現場には来ず。
息子を失った悲しみと、息子を愛する気持ちと、息子を救えなかった罪悪感と、自殺と腐乱に対する嫌悪感と恐怖感が複雑に絡み合い、気持ちが故人の方を向いても足が現場に向かないよう。
だから、若い男性が、家族を代表して事の処理にあたっているのだった。

故人は二十歳前。
身分は学生。
包丁で身体を刺しての自死。
将来を悲観してのことと推定されていた。

当初、故人は大学への進学を希望。
それで、高校3年のときに大学を受験。
第一志望は国公立大学。
学力や社会の評価が高く、私立大学に比べて学費が安く済むことも魅力だった。
しかし、残念ながら、第一志望は不合格。
滑り止めの私大には受かったものの、そこに魅力は感じず入学は辞退した。

当初は、浪人して試験を受けなおす予定だった。
そこで、故人は、予備校の学費を稼ぐためのアルバイトと併行して勉強を続けた。
多忙だったのか、逆に、考える余裕ができたのか、そんな浪人生活の中で、故人は精神の調子を崩すように。
あくまで想像だけど、苦学して大学に行く意義、その先に続く競争社会を戦う意味、そうまでして生きなければならない理由etcを故人は考え、その答を探せず苦悩したのかもしれなかった。
次第に、顔からは笑顔が減り、ふさぎこむことが多くなった。
そのうち、アルバイトをやめ、受験勉強も滞るように。
遊ぶことさえも意欲的にできなくなり、将来に向けての光を失っていった。

心配した家族は、故人の本心を探った。
大学進学への意欲が低下していることがわかると、それを強く勧めることもやめた。
そして、幸せな人生は学校が用意してくれるわけではないこと、興味のあること・自分が夢をもてる分野へ進むことも大事な生き方であること、学歴社会・格差社会にあって、それが通用するかどうかはわからないけど若者がチャレンジする価値は充分にあるということ等の考え方を共有した。
結果、故人は専門学校に進むことを決意。
併せて、実家を出て、通学しやすいところで一人暮らしをすることも予定した。

故人の死は、新しい生活を始めた矢先の出来事だった。
故人は、心機一転、新しい一歩を踏み出したばかりのはずだった。
将来に対する不安もあっただろうけど、期待や夢もあったはずだった。
なのに、自ら人生を終えてしまった。

当然、家族は、それを信じることができず。
また、納得もできず。
男性は、
「私達家族は、弟が最期に何を考えていたのか知りたいんです・・・」
と、強く私に訴えた。

そういう事情があり、男性は、故人の部屋を細かく確認したがった。
しかし、床と壁にはおびただしい量の血痕。
更に、腹をえぐるような異臭が充満。
男性が、そんな部屋に入れるわけはない。
とりあえず、血痕と腐敗体液の清掃をし、消臭消毒を先行することに。
それを、部屋の雰囲気や模様をできるかぎりそのままにしておくことに留意して行うことになった。

特殊清掃は、何日もかかるものではない。
時間がかかるのは消臭。
家財・建材に染みついた臭いは、そう簡単に落とせるものではない。
悪臭を抜いていく作業は、何日もの手間暇がかかるのだ。
したがって、再び、現場で男性と会うのは、それから半月余後のこととなった。

このときもまた、両親は姿を現さなかった。
それは、心の傷が一向に癒えていないことを物語っていた。
私は、そんな家族のことを気の毒に思いつつも、故人を非難する気持ちにはなれなかった。
その行為は決して賛成できるものではないけど、同類の人間として、生きるための戦いがあったことが痛いほどわかったからだった。

男性の用は、極めてプライベートなこと。
「あとでキチンと片付けますから、散らかるのは気にしないで下さい」
「時間もありますから、気が済むまでみて下さい」
と、私は、部屋を出ようとした。
すると、男性は、
「いてもらってもいいですか?」
と、私が部屋にとどまることを要望。
それは、自殺現場に一人でいるのが心細いからではなく、何かが見つかったときに冷静さを失わないようにするためのよう。
それを察した私は、内にいる野次馬に轡(くつわ)をはめて、部屋にいることにした。

男性は、クローゼットや引き出しの中はもちろん、カバンの中や服のポケットまでチェック。
故人の心情を汲み取れそうなものが何かないか、必死に探した。
しかし、遺書めいたモノは見つからず。
また、心情を知る上で手がかりとなりそうなモノも何も見つからなかった。
それでも、男性は、
「もっと生きていたかったんだと思います・・・」
と、何かを得たようなことを言い、悲哀の表情にわずかな生気を滲ませた。

故人の死は、家族に深い悲しみをもたらした。
家族の心に深い傷も負わせた。
しかし、亡くなっても、家族にとって、故人は愛する家族の一員であることに違いはなかった。
そして、そんな故人の想いを探すことは、マイナスのことばかりには思えず・・・
故人は、家族に悲しみとキズだけではなく、人生における大切なものを探す術を残したようにも思えたのだった。


人は、死にたくても生きなければならない。
人は、生きたくても死ななければならない。
人は、何のために生まれ、何のために生き、何のために死ぬのか・・・
生きていると、その答を探したくなるときがある。
ただ、その答は、容易に見つかるものではない。

しかし、ひょっとしたら、その答は、既に目の前にあるのかもしれない。
笑うこと、泣くこと、食べること、寝ること、働くこと、学ぶこと、遊ぶこと、楽しむこと、感動すること、考えること、悲しむこと、悩むこと、苦しむこと、怖れること、怒ること、頑張ること、逃げること、耐えること、努めること、戦うこと・・・・・
すべての感情、すべての行い一つ一つに、生きる意味と意義と理由があるのかもしれない・・・
自分が、それに気づいていないだけで・・・

そう思うと、いいときも悪いときも、一日一日を噛みしめながら・味わいながら過ごすことの大切さが見えてくるのである。



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