「あのぉ・・・下の部屋も見てもらえませんか?」
「下?」
「えぇ・・・今、住んでた人を呼びますから・・・」
「・・・」
「お疲れのところ、申し訳ありません・・・」
「いえいえ・・・」
故人宅の特掃で結構な精力を使った私は、正直、気が進まなかった。
しかし、後日に出直すのも大変。
何より、担当者が可哀想。
私は、浮かない気分を苦笑いで隠して承諾した。
1F住人を待つ間、私は車で小休止。
〝腹が減っては戦はできぬ〟
本当は、何か軽く食べたいような腹持ちだったが、コンビニに入れるような体臭でもなかったし、そんな状況でモノを食べるのは不謹慎なことのようにも思えたので我慢することに。
とりあえず、飲みかけのお茶で喉と腹を潤し、熱くなった身体と冷えた精神が常温に戻るのを待った。
そうして待つことしばし。
我々が待つ駐車場に、一人の女性が現れた。
避難先は徒歩圏内のようで、歩いてやってきたようだった。
その外見は、「20代」と言えば20代、「30代」と言えば30代・・・
大人っぽいような、子供っぽいような・・・
良く言えばクール、悪く言えばドライ。
その乾いた表情は、女性が、私の苦手とするタイプであることを如実に表していた。
担当者は、そんな女性に対して平身低頭。
管理物件の住人は、不動産会社にとっては〝お客〟だから当然のことなのかもしれないけど、それを勘案しても、その低姿勢は並でなく・・・
担当者は、それまでに散々文句を言われていたようで、女性に対して完全に萎縮していた。
対する女性は、恐縮する訳でもなく平然とした態度。
〝偉そう〟とまではいかないまでも、何かの特権を得た上位者のように、その頭は下がらず。
話を聞くと、そうした態度にも頷けるものがあったが、それを考慮してもも、私が感じた女性の第一印象は良くなかった。
「何日か前から、変な臭いがし始めましてねぇ・・・」
「えぇ・・・」
「それが、日に日に強くなってきたんですよぉ・・・」
「はぁ・・・」
「そのうち、うちの玄関に赤いモノが垂れてきちゃってねぇ・・・」
「はぃ・・・」
「上の人が汚水でも漏らしてるんじゃないかと思って、こちら(不動産会社)に連絡したんですよぉ・・・」
「なるほど・・・」
「そしたら、人が死んでるって言うじゃないですかぁ・・・」
「・・・」
「もぉ、悪い冗談かと思いましたよぉ・・・」
「・・・」
騒ぎの状況を話す女性は、感情を表さず冷静。
本来なら、テンションを上げがちな話を、淡泊なシカメっ面で冷たく語った。
女性が一通りの話を終えたのを見計らって、我々は女性宅の玄関前へ移動。
そこには、二階共有廊下のクラック(ヒビ)から腐敗液が漏れ垂れ、壁やドアに焦茶色の細い筋・・・
女性の説明通り、不気味な汚染痕がついていた。
見た目だけは醤油やコーヒーをこぼしたのと大差なかったが、液体の正体を知って見ると、その光景はかなりグロテスク。
そして、更に、危険な香りを放っていた。
私は、女性に鍵を開けてもらい、まず頭だけを中へ。
腐敗液が頭に垂れてきてはたまったものではないので、上を警戒しながら慎重に身体を中に入れた。
天井をよく見ると、そこには不気味なシミ模様。
そしてまた、壁にも焦茶色の筋が何本か垂れていた。
「これは何ですか?」
液体の筋を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝人間が腐り溶けていく際にでる、肉体液です〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「体液です」
「これは何ですか?」
床に転がるカプセル状の物体を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝ウジがハエになる前の蛹です〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「虫です」
「これは何ですか?」
漂う臭気を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝人間が腐ったニオいです〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「死臭です」
煙に巻いて誤魔化すつもりもなかったが、この女性に回りクドい返答は適さないと判断。
詳しく説明して場が明るくなるわけでもないし、女性もそれ以上は突っ込んでこなかったので、私は、それでその場を治めた。
「玄関で死んでたんですってぇ?」
「え、えぇ・・・そのようですね」
「会ったことがないんで、どんな人だったのかは知りませんけどぉ・・・」
「そうでしたか・・・」
「具合でも悪かったんでしょうかぁ・・・」
「???」
「出掛けようとでもしてたんでしょうかねぇ・・・」
「・・・」
女性の言葉に、一瞬〝?〟が過ぎった私。
しかし、すぐさまその裏事情にピン!
側に立つ担当者を見ると、担当者は、その顔を引きつらせて私を黙視。
その目が言いたいことを察知した私は、乾いた咳で〝了解〟を合図。
それを理解した担当者は、私に目礼してくれた。
汚染域は、玄関のわずかな部分。
汚染度も、二階に比べればストロー級。
その掃除は、別途代金をもらわなければならない程のものでもなく、私は無償やることに。
天井裏は後日の工事に任せ、とりあえず、目と鼻の問題を処理した。
私が作業をする間、担当者は外で待ち、女性は部屋の中へ。
玄関(台所)と部屋を仕切る戸は閉め切られ、中の様子は伺えなかったけど、女性は、避難先に引っ越すための荷物を整理しているようだった。
「(部屋の方は)大丈夫ですか?」
玄関を掃除し終えた私は、隣の部屋の女性に声を掛けた。
汚染が居室にまで及んでいることは極めて考えにくかったが、それは、念のための確認だった。
「大丈夫!」
女性は、戸の向こうから即答。
不機嫌そうに声を大にして、返事をよこした。
自分の部屋を見られることに抵抗感を覚えるのは、女性でなくても自然なこと。
また、頼まれもしないのに人の部屋を見るのも無神経。
余力も少なくなって追加作業を避けたかった私は、素直に女性の返事に従って外に出た。
とりあえずの用事を済ませた我々は、玄関の鍵を閉めて再び駐車場へ。
終了解散を前に頭を下げる私と担当者に対して、女性は、礼も労いの言葉もなく無愛想。
軽く会釈しただけで、来た時と同じように、どこへともなく去って行った。
そんな女性に、私と担当者は憮然。
喉元まで出かかった悪口を、お互いを労う言葉と別れの挨拶に変えて、それぞれの車に向かって歩を分けた。
「あれ!?」
車に向かう途中、私の目に女性宅の開いた窓が入ってきた。
二階ならまだしも、一階窓の開けっ放しは不用心。
私は、確認のため、足を女性宅に向けた。
「やっぱ、開けっ放しだ」
近づいた窓は、やはり開いた状態。
意図的に開けているのか、単に閉め忘れたのか・・・
ソツなさそうな女性像と照らし合わせると怪訝に思えたが、どちらにしろ、閉めた方がよさそうに思えた。
「なぬ!?」
私は、中を見るつもりはなく、さっさと閉めるつもりだった。
しかし、視線は、自然と部屋の中の異様に吸い込まれていった。
「何・・・これ・・・」
驚いて見開いた目に入ってきたのは、膨らんだゴミ袋の山・山・山・・・
その下に見えているのは床ではなく、更なるゴミ・・・
私は、別の現場にテレポーテーションしたかのように錯覚し、意味もなく首を振った。
「どおしよぉ・・・」
この状態を担当者に伝えるべきか、それとも、女性のプライバシーを守るべきか・・・
私は、視線を釘付けにされたまま、その場に棒立ちとなった。
「見なかったことにしよぉっと・・・」
ゴミ袋の積まれ方から見ると、女性は片付けに着手している模様。
このまま、女性が自分で片づけ切れば問題はない。
自分の作業体力と労働意欲が低下していたこともあって、私は、窓もそのままにして、黙ってそこから離れることにした。
車に乗り込んだ私は、そそくさとエンジンを始動。
そして、ギアをDに入れ、サイドブレーキを降ろし、ブレーキペダルを踏む力を緩めながらバックミラーに目をやった。
すると、誰かがそこを通り過ぎた。
振り返って見ると、そこには、かったるそうに女性宅の方へ歩く担当者の姿。
その姿に先が読めた私は、離しかけた足をブレーキに戻したのだった。
つづく
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「下?」
「えぇ・・・今、住んでた人を呼びますから・・・」
「・・・」
「お疲れのところ、申し訳ありません・・・」
「いえいえ・・・」
故人宅の特掃で結構な精力を使った私は、正直、気が進まなかった。
しかし、後日に出直すのも大変。
何より、担当者が可哀想。
私は、浮かない気分を苦笑いで隠して承諾した。
1F住人を待つ間、私は車で小休止。
〝腹が減っては戦はできぬ〟
本当は、何か軽く食べたいような腹持ちだったが、コンビニに入れるような体臭でもなかったし、そんな状況でモノを食べるのは不謹慎なことのようにも思えたので我慢することに。
とりあえず、飲みかけのお茶で喉と腹を潤し、熱くなった身体と冷えた精神が常温に戻るのを待った。
そうして待つことしばし。
我々が待つ駐車場に、一人の女性が現れた。
避難先は徒歩圏内のようで、歩いてやってきたようだった。
その外見は、「20代」と言えば20代、「30代」と言えば30代・・・
大人っぽいような、子供っぽいような・・・
良く言えばクール、悪く言えばドライ。
その乾いた表情は、女性が、私の苦手とするタイプであることを如実に表していた。
担当者は、そんな女性に対して平身低頭。
管理物件の住人は、不動産会社にとっては〝お客〟だから当然のことなのかもしれないけど、それを勘案しても、その低姿勢は並でなく・・・
担当者は、それまでに散々文句を言われていたようで、女性に対して完全に萎縮していた。
対する女性は、恐縮する訳でもなく平然とした態度。
〝偉そう〟とまではいかないまでも、何かの特権を得た上位者のように、その頭は下がらず。
話を聞くと、そうした態度にも頷けるものがあったが、それを考慮してもも、私が感じた女性の第一印象は良くなかった。
「何日か前から、変な臭いがし始めましてねぇ・・・」
「えぇ・・・」
「それが、日に日に強くなってきたんですよぉ・・・」
「はぁ・・・」
「そのうち、うちの玄関に赤いモノが垂れてきちゃってねぇ・・・」
「はぃ・・・」
「上の人が汚水でも漏らしてるんじゃないかと思って、こちら(不動産会社)に連絡したんですよぉ・・・」
「なるほど・・・」
「そしたら、人が死んでるって言うじゃないですかぁ・・・」
「・・・」
「もぉ、悪い冗談かと思いましたよぉ・・・」
「・・・」
騒ぎの状況を話す女性は、感情を表さず冷静。
本来なら、テンションを上げがちな話を、淡泊なシカメっ面で冷たく語った。
女性が一通りの話を終えたのを見計らって、我々は女性宅の玄関前へ移動。
そこには、二階共有廊下のクラック(ヒビ)から腐敗液が漏れ垂れ、壁やドアに焦茶色の細い筋・・・
女性の説明通り、不気味な汚染痕がついていた。
見た目だけは醤油やコーヒーをこぼしたのと大差なかったが、液体の正体を知って見ると、その光景はかなりグロテスク。
そして、更に、危険な香りを放っていた。
私は、女性に鍵を開けてもらい、まず頭だけを中へ。
腐敗液が頭に垂れてきてはたまったものではないので、上を警戒しながら慎重に身体を中に入れた。
天井をよく見ると、そこには不気味なシミ模様。
そしてまた、壁にも焦茶色の筋が何本か垂れていた。
「これは何ですか?」
液体の筋を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝人間が腐り溶けていく際にでる、肉体液です〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「体液です」
「これは何ですか?」
床に転がるカプセル状の物体を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝ウジがハエになる前の蛹です〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「虫です」
「これは何ですか?」
漂う臭気を指さしながら、その正体を尋ねる女性。
〝人間が腐ったニオいです〟と言いたいところを、私は省略して答えた。
「死臭です」
煙に巻いて誤魔化すつもりもなかったが、この女性に回りクドい返答は適さないと判断。
詳しく説明して場が明るくなるわけでもないし、女性もそれ以上は突っ込んでこなかったので、私は、それでその場を治めた。
「玄関で死んでたんですってぇ?」
「え、えぇ・・・そのようですね」
「会ったことがないんで、どんな人だったのかは知りませんけどぉ・・・」
「そうでしたか・・・」
「具合でも悪かったんでしょうかぁ・・・」
「???」
「出掛けようとでもしてたんでしょうかねぇ・・・」
「・・・」
女性の言葉に、一瞬〝?〟が過ぎった私。
しかし、すぐさまその裏事情にピン!
側に立つ担当者を見ると、担当者は、その顔を引きつらせて私を黙視。
その目が言いたいことを察知した私は、乾いた咳で〝了解〟を合図。
それを理解した担当者は、私に目礼してくれた。
汚染域は、玄関のわずかな部分。
汚染度も、二階に比べればストロー級。
その掃除は、別途代金をもらわなければならない程のものでもなく、私は無償やることに。
天井裏は後日の工事に任せ、とりあえず、目と鼻の問題を処理した。
私が作業をする間、担当者は外で待ち、女性は部屋の中へ。
玄関(台所)と部屋を仕切る戸は閉め切られ、中の様子は伺えなかったけど、女性は、避難先に引っ越すための荷物を整理しているようだった。
「(部屋の方は)大丈夫ですか?」
玄関を掃除し終えた私は、隣の部屋の女性に声を掛けた。
汚染が居室にまで及んでいることは極めて考えにくかったが、それは、念のための確認だった。
「大丈夫!」
女性は、戸の向こうから即答。
不機嫌そうに声を大にして、返事をよこした。
自分の部屋を見られることに抵抗感を覚えるのは、女性でなくても自然なこと。
また、頼まれもしないのに人の部屋を見るのも無神経。
余力も少なくなって追加作業を避けたかった私は、素直に女性の返事に従って外に出た。
とりあえずの用事を済ませた我々は、玄関の鍵を閉めて再び駐車場へ。
終了解散を前に頭を下げる私と担当者に対して、女性は、礼も労いの言葉もなく無愛想。
軽く会釈しただけで、来た時と同じように、どこへともなく去って行った。
そんな女性に、私と担当者は憮然。
喉元まで出かかった悪口を、お互いを労う言葉と別れの挨拶に変えて、それぞれの車に向かって歩を分けた。
「あれ!?」
車に向かう途中、私の目に女性宅の開いた窓が入ってきた。
二階ならまだしも、一階窓の開けっ放しは不用心。
私は、確認のため、足を女性宅に向けた。
「やっぱ、開けっ放しだ」
近づいた窓は、やはり開いた状態。
意図的に開けているのか、単に閉め忘れたのか・・・
ソツなさそうな女性像と照らし合わせると怪訝に思えたが、どちらにしろ、閉めた方がよさそうに思えた。
「なぬ!?」
私は、中を見るつもりはなく、さっさと閉めるつもりだった。
しかし、視線は、自然と部屋の中の異様に吸い込まれていった。
「何・・・これ・・・」
驚いて見開いた目に入ってきたのは、膨らんだゴミ袋の山・山・山・・・
その下に見えているのは床ではなく、更なるゴミ・・・
私は、別の現場にテレポーテーションしたかのように錯覚し、意味もなく首を振った。
「どおしよぉ・・・」
この状態を担当者に伝えるべきか、それとも、女性のプライバシーを守るべきか・・・
私は、視線を釘付けにされたまま、その場に棒立ちとなった。
「見なかったことにしよぉっと・・・」
ゴミ袋の積まれ方から見ると、女性は片付けに着手している模様。
このまま、女性が自分で片づけ切れば問題はない。
自分の作業体力と労働意欲が低下していたこともあって、私は、窓もそのままにして、黙ってそこから離れることにした。
車に乗り込んだ私は、そそくさとエンジンを始動。
そして、ギアをDに入れ、サイドブレーキを降ろし、ブレーキペダルを踏む力を緩めながらバックミラーに目をやった。
すると、誰かがそこを通り過ぎた。
振り返って見ると、そこには、かったるそうに女性宅の方へ歩く担当者の姿。
その姿に先が読めた私は、離しかけた足をブレーキに戻したのだった。
つづく
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