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すると太宰は真顔になって『君はまだ何もしてないじゃないか』と言う

 毎日新聞夕刊が1日月曜からきのう木曜まで4日連続で、太宰生誕百年を記念し、4人の文芸評論家にインタビューしています。

 太宰治は、6月の風物詩です。

 今年はさらに生誕百年ということで、大きく取り上げられています。 

 筑摩書房全集で持っていますので、ファンの1人ではありますが、「どの作品も隅から隅まで読」んではいません。「隅から隅まで」の徹底性がないとダメみたいです。

  しばらくは、リンク先で第2回から第4回までの評論家インタビューを読むことができます。     

         

             ※クリエイト速読スクールHP

 

太宰治の場所:生誕100年


 

・文芸評論家に聞く/1 吉本隆明さん

吉本隆明さん
吉本隆明さん

今月19日は小説家、太宰治(1909~48)の生誕100年に当たる。次々と愛読者を招き入れ、今も色あせることのない作品世界の魅力は何か。没後60年を超えた「永遠の人気作家」は、どこにいて、どこへ向かうのか。ベテランから若手まで4人の文芸評論家が、さまざまな視点で語る。初回は「若いころから大ファンだった」という吉本隆明さんに聞いた。

◇本質知る反問の人 親密な文体の背後に重さ

 以前から「青年期に心から没入した」作家の一人に、太宰を挙げてきた。

 「どの作品も隅から隅まで読みました。太宰が死んだ直後、同じ大学で親しかった奥野健男(太宰研究で知られる文芸評論家。故人)と2人で酒を飲んで追悼しました。『誰も太宰の本質を理解していない。分かっているのは、おれとお前だけだ』と話したものです。それくらい好きで、嫌いな作品は一つもありません」

 衝撃的な死から60年以上たった今も読まれ続ける秘密は何か。

 「文体の親密性が特質として挙げられると思います。しばしば<軽さ>と見られるところでもあります。だけど僕は<軽さ>と見るのは知識人の間違いで、親しさの密度が濃い文体なんだと解釈しています。実際は夏目漱石にも決して劣らない重さをもっています」

 では、その隠れた重さは、どこから来るのか。

 「生涯の経歴と作品を総合して考えると、太宰は『人生をやっちゃった』後に本格的に書き始めたといえます。思想的には学生時代に左翼運動に深入りしましたし、女性との関係では生前に2度心中事件を起こしています。心中事件について太宰を悪人のように言う人もいますが、僕はそこにも太宰という人間の受動性、<人間らしさ>が含まれているのを感じます。一人の作家になる前に人間が普通やるようなことは大抵やっちゃったというのが特徴で、これは岡本かの子や宮沢賢治など、僕が敬意を払う文学者はみんなそうです」

 <人間らしさ>をうかがわせる具体的な作品についても語ってくれた。まずは『富嶽(ふがく)百景』。

 「富士の見える宿で文士らしく執筆に励もうとした作家(太宰)が、仕事がはかどらずごろごろしていると、その宿の娘に『ちっとも進まないじゃないの』とたしなめられる場面があります。娘は文学を知らない人として描かれています。こういう無償の善意から励ましを与えてくれる人間像を、自らの対照として必ず登場させています

 『みみづく通信』にも太宰の特徴を示す場面があるという。

 「少し売れるようになり旧制新潟高校に初めて講演に呼ばれた時のことを書いた短編です。講演の後、文学の好きな学生たちと雑談していて、作家になった理由を『他に何をしても駄目だったから』と答えると、一人の学生が『じゃあ僕なんか有望だ。何をしても駄目だから』と調子に乗って話します。すると太宰は真顔になって『君はまだ何もしてないじゃないか』と言う。いかにも太宰だと思わせるところです。何か自分の琴線に触れることがあると、それを言わずにはおれないんです」

 話は、吉本さん自身の体験につながっていく。

 「学生時代に一度、彼の戯曲を上演するため了解を得る口実で会いに行ったんですけど、その時、あまりに軽く振る舞っているのを見て、『太宰さんは、重たい時ってなかったんですか』と聞きました。そしたら、キッとなって『いや、おれはいつでも重いよ』と答えました。そして『男の本質は何だか知ってるか』と聞いてきました。いい加減なことは言えないと思ったので、『いや、分かりません』と答えると、太宰は『男の本質はマザーシップ(母性)ということだ』と言ったんです。その反応から、いつも本質的なことを考えていて即座に言える人だと分かりました世間が考えているような人じゃないなあ、と。相手が誰であっても、すぐ切り返す反問の仕方は太宰の特色です」

 そういう意味で「思想性を持った小説家」と評価する。

 「戦後に無頼派と呼ばれた太宰坂口安吾織田作之助にはそれぞれ思想性がありますが、太宰ほど総合的で本格的な思想家、革命的な文学者はいません。つまり、世の中がひっくり返るようなことが起こっても『分かり切ったことだ』と言えるだけのものがあります。晩年には『斜陽』『人間失格』など、意識的に構築した優れた作品も残しました。でも太宰文学は全部読まないと誤解されてしまうところがあります。今のように経済危機が叫ばれる時代には、よけい軽すぎると見なされやすいかもしれませんね」【聞き手・大井浩一】=つづく

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 ■人物略歴

 ◇よしもと・たかあき

 1924年、東京生まれ。東京工業大卒。著書に『悲劇の解読』『日本近代文学の名作』『詩の力』『源氏物語論』など。

               毎日新聞 2009年6月1日 東京夕刊



  ・文芸評論家に聞く/2(毎日新聞 2009年6月2日 東京夕刊) 

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 ・文芸評論家に聞く/3(毎日新聞 2009年6月3日 東京夕刊)  

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  ・文芸評論家に聞く/4止毎日新聞 2009年6月4日 東京夕刊 

    田中和生さん ◇
母性の人 風雪に耐える語り言葉

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