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なおしのお薦め本(10)乙武レポートa

  小川なおしさんから、お薦め本が届いています。 文字数の関係で2回投稿します。

『乙武レポート’03版』

                                            乙武 洋匡著

 『五体不満足』には驚かされました。そういうわけで、遅ればせながら2003年に発行されたこの文庫本を手にしてみました。単行本との違いは、「終章 2003年 夏」と題のついた十頁が追加されていることです。さらに解説として、「ニュースの森」での仕事仲間である宮澤氏(この本での重要な登場人物)の文章もついています。

 この本は、TBS系列で夕方放送されている番組「ニュースの森」にサブキャスターとして参加した著者の一年間の記録です。この中で、特に紹介したい箇所が五つあります。

  まずは、番組初出演の日の描写です。この日は福島弓子アナウンサーの最後の出演日でした。

 「番組が終了し、『お疲れ様』という掛け声があちこちで上がる。今日で番組を卒業する福島さんを中心に、自然と輪ができる。スタッフから、花束が渡される。そして、福島さんのあいさつ。

 私は、円のいちばん外から様子をうかがう。泣いているスタッフもいる。3年間かぁ、長かっただろうな。それとも、短かったのかな。福島さんが去っていく『ニュースの森』に、私は今日から参加する。でも、いつか、私にもこういう日が来るんだろうな」

 なにげない文章なのですが、臨場感があり、何度も読み返してしまいました。

 次は打って変わって、楽しい文章です。早稲田大学の入学式のレポートをする著者。

 「構内で、いざインタビューをと思うのだが、ちっとも仕事が進まない。『彼女たち』が邪魔をするのだ。カメラクルーを見ても、私を発見しても、さして騒ぐことのない新入生たち。意外に冷静だ。だが、付き添いで来ているお母様方は、そうはいかなかった。

 『あらー、乙武さんじゃない。こんなところでお会いできるなんて。ウチの子も早稲田なんですよ、乙武さんと一緒!』

 そりゃそうでしょう、ココにいるんだから……。

 『一緒に写真撮っていただいてもよろしいですか。ほら、ユウくん、となり入って』

 あの、『いい』って言ってないんですけど……。藤原さんら(スタッフ)が、必死で止めに入る。

 『ごめんなさい。乙武君は今、仕事中なもので』

 だが、彼女たち、ちっとも聞いちゃくれない。

 『すぐ終わりますから。滅多にない機会ですし。ほら、もっと寄って。はい、チーズ』

 OH MY GOD! なんて、勝手なヤツらなんだ。どうにか彼女たちのパワーを、原子力に代わる新たな発電力として活用できないものだろうか。そんなことを考えてしまうほど、我々は圧倒されてしまった」

 三番目は、番組の編集長西崎氏と著者との対話。飲み会のあとの話です。

 「帰りのタクシーは、西崎編集長と一緒になった。偶然、という感じではなく、西崎さんから『一緒にいいかな』と言われた。何となく話でもしたそうな雰囲気だった。赤坂から外苑に向かう車中、『実はな』と西崎さんが切り出す。

 『最初に、オト君と一緒にやりたいと言い出したのはワシなんよ』

 『え、そうなんですか?』

 『ワシな、入社してから最初の頃は、カメラマンやっとったんや。記者になってからも、海外支局の経験が長くてな。今まで、いろんなモン見てきたよ。マニラの革命でマルコスが追われるの見たり、ルワンダの虐殺現場で、死体かき分けながら取材したり。でな、気づいたら、ちょっとやそっとのことじゃ驚かんような人間になっとった』

 これぞ報道、という世界だ。私だったら気絶しているかもしれない。

 『でもな、去年(1998年)の秋に、ウチの特集で初めてオト君を見て、ワシ、何年かぶりに驚いた』

 死体よりも珍しいってことか。

 『もちろんね、その体に驚いたってことじゃないんだよ。存在に驚いたって言うのかな。なんだ、こんなヤツがいたのか! そんな驚きだったんだよね。で、ぜひコイツと一緒に仕事がしてみたいと。この人の目線から、モノが伝えられたらと。そう思ったんだ』」

 これを読んで、「死体よりも珍しいってことか」というところで驚いてしまいました。けれども、冷静に考えてみれば、どんな人間でも死体になるわけです。そういう意味で言うと、死体は珍しいものではありません。ですから、西崎編集長の驚きというのは、乙武氏の存在の仕方にあるわけです。私なりに考えましたが、これは「うらやましいほどの生き方をしている障害者がいる」ということに対するショックなのではないでしょうか。そういう人を今まで知らなかったということです。

 私が著者の本を読む前、乙武氏には「手足がない。でも、しっかり生きている。それで世間に評価されているんだ」という固定した思いを持っていました。それで著作を読む気がしなかったわけです。それが、著作を読んだ今では、「乙武さんは優れている人。ただ、手足がない」という印象に変わっています。ただ順番が違うだけと思われるかもしれません。けれども、この順番の違いというのは、私にとって途轍もなく大きなものでした。

                            -続く-

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