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好日4  未来は長く続く

2007年03月01日 04時00分00秒 | 好日1~5

    好日4  未来は長く続く             


  水底の岩に落つく木の葉かな
 この丈草の句は、時間が停止したある瞬間を切り取っている。映画のフィルムを逆回転するように時間を溯ってみよう。木の葉は岩から離れ、水面に向かって上昇を続ける。水面を浮遊しつつある時点で木の葉は空中へと飛翔を始める。螺旋を描いて、木の葉は今故郷である木の枝の先端に戻ってきた。茶から、緑へ、そして色が剥がれていき、葉は白くなり、ずんずん小さくなっていく。やがて木は種子に還元され、種子は自らを育んだ元の木へ帰る。遠くはるかな植物の生命の元素へと至る時間の旅。生命の発端へ至る旅。かくして読者は、生命の発端からみはるかすのだ。時の終点たる水底の岩に落ついた木の葉を。ここでいう「落つく」という措辞は、それほどの時の経過を意味する。どんな生命も木の葉同様に、生命の発端からの時の経過を、それ自らの中に含んでいる。そんなことを直観させてくれる丈草の句だ。
 旅の記憶をひとつだけ語ろう。大阪に旅行して、道頓堀にあるカプセルホテルに泊まったことがあった。道頓堀の通りに立ち、ビルの上階にあるカプセルホテルに昇ろうとしてエレベーターのボタンを押した。通りの向かい側に居た小さな男の子が、さきほどから私の様子を伺っていたのに気付いた。何を思ったかその子が、こちらの方にトコトコと歩いてきたのである。そして「泊まるんか?」と聞いてきた。ずいぶん人なつこい子供だと思いながら、私も大阪弁で、「そうや、泊まるんや」と答えると、その子はにっこりと笑って、「ほんまか」と言い、大きくうなづいて、またトコトコと元のところへ戻っていったのである。その時私は大阪への旅情を真に感じた。あの人なつっこさは大阪特有のものだと思った。何年も昔の対話であったが、心に染み透る言葉を交わした記憶として、私の心の中に今もはっきりと刻み込まれている。
 時を溯っていく。その主体の意識の中に「旅」という概念は生まれる。木の葉の旅と人間の旅。木の葉もまた自らの「旅」の意識を持つだろうか。おそらく持つだろう。さすれば、われらみな「木の葉の旅」を続ける同類なのではなかろうか。「水底の岩に落つく木の葉かな」。すべての生命に向かって捧げられた弔辞なのか、それは。いや、賛辞だ。水と岩と木の葉の出会いを用意したはるかな時間への、それはオマージュなのだ。
 ずいぶんと長い時が過ぎたものだ。そんな実感をもてあそんでいた私に。衝撃的な書物が待ち伏せていた。ルイ・アルチュセールの自伝『未来は長く続く』だ。未来を語るのは反動的だとは誰の言った言葉だったか。しかし、死者は蘇りて未来を照らす。そこにこそ真実があった。これほどまでに真摯に自己を語り、自己を語ることが同時に思想を語る書物に、私はいままで出会ったことがなかった。時が用意する出会いというのが確かにある。だが、「ここに記したよりも多くを知り、多くを語ることができると思う者は遠慮なく発言していただきたい」と書いた五年後に、アルチュセールはこの世を去っている。
 こんな短文であっても、書き始めるのはむずかしく、書き終えるのはもっとむずかしい。しかし私はここに記したよりも多くを知り、多くを語ることができる。それはやがて証明されるだろう。なぜならば「未来は長く続く」からだ。Q・E・D

南国の夜、日野てる子


 


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