好日3 「君は小林秀雄を見たか」
最近観た映画ーデビッド・リンチ「マルホランド・ドライブ」
最近読んだ漫画ー竹宮恵子『天馬の血族』全二十四巻
最近聴いた音楽ールービンシュタイン演奏のショパンの夜想曲
最近読んだ小説ージャック・ケルアック『路上』
最近聞いた愉快な一言ー「だまされたっていいじゃないか」
最近笑った駄洒落ー(別件です)「ベッケンバウアーです」
情報誌の中に小林秀雄の講演の記事を見つけた時は目を疑ったものである。まず本当にこれはあの小林秀雄の講演なのだろうかという疑いがあった。もしかして同姓同名の学者か何かの間違いかもしれない。もしそういう人がいるとしてだが。しかし福田恒存のシェイクスピアに関する講演の後に小林秀雄の登場で、しかも演題「無題」とくれば、これはやはり本物の小林秀雄の可能性が高いと思わざるを得ない。そこで私は出かけることにした。
会場の三百人劇場ではどこから情報をかぎつけたのか開場一時間前だというのに、既に長蛇の列が続いていた。私が列に並んだころには既に会場の定員をとっくにオーバーしており、それからも続々と入場希望者は駆け付けた。やがて開場になったが、主催者の発表では入場者は六百人に達したそうで、そのほとんどが小林秀雄の講演目当てで集まったのは疑いようもなかった。
約一時間で福田恒存の講演が終り、真打ち登場という感じで小林秀雄が登壇した。満場の拍手。小林秀雄は演壇の椅子にどっかと腰を下ろした。拍手は鳴り止んだ。一瞬の内に静寂が支配した。コンサートでピアニストが着席し、演奏の開始を待つ一瞬に似た光景。しかしなかなか小林の演奏は始まらなかった。小林秀雄はまず会場をゆっくりと眺め渡した。しばしの時間が経過する。観客は固唾を呑んで小林秀雄を注視している。椅子の座り心地にもようやく慣れ会場のウオッチもすまして得心がいったかに見えた小林は、講演をしにきたのに今初めてきずいたかのように、次の動作に移った。腕時計を外してから話し始めようと考えたようであった。ところがこの腕時計がなかなか外れなかった。何度も外そうとするのだがどうしても外れない。すでに着席してから何分も経過している。会場の観客は、腕時計が外れないと、小林秀雄の講演は始まらないのを直観的に悟ったようであった。そこで誰も一言の不満も口にせず、小林が腕時計を外すのを待ち続けた。
あれは本当に奇妙な時間だった。六百人もの人間が、一人の腕時計を外すだけの動作に、何の不満も示さずじっと見入っていた。やがて腕時計は無事に外れ、小林秀雄の講演が始まったが、それは言霊が六百人の観客を支配した希有の光景であった。
記憶は魂に刻み込まれた真実であり、切れ切れに浮かび上がるそれらの光景は、一見たがいに無関係に見えようとも、ちょうど深海の底がすべての海に繋がっているように、人格の同一性によって根底において繋がっている。分析力が、浮かびあがった切れ切れの記憶をとりまとめ、その内的な繋がりを極めようとして思考を開始する時、私とは誰かという古くからの永遠の問いが新たになるのであろう。真理は海のようであって波頭と底の両方を持つ。時間の永遠性と海の宏大さ。白紙の中に私はいつも海を見た。
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