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好日32 ルソーの声

2010年02月18日 16時08分43秒 | 好日21~45

 学生時代に橋川文三の外書購読の講義でエルンスト・カッシラーの『ジャン=ジャック・ルソー問題』を学んだのがきっかけとなり、以来折りに触れルソーを読んできたが、ルソーの思想の核心が何であるかは、同じ橋川文三の次の洞察に尽きると今の私は考えている。

「J・J・ルソーについては、いわゆる「ルソー問題」とよばれるものがあるが、この問題はヨーロッパにおいて消えることのない謎といってよい。つまり、ルソーは崇拝者と嫌悪者とにわかれている。その一例として「ヒュームとルッソー」の場合をあげることでよい。この二人ははじめ尊敬しあいながら、一年と少しで悪魔よばわりするようになった。わが国では山崎正一、串田孫一の本が『ルソーとヒュームーー悪魔と裏切者』として出版されているのはその証拠である。四年前、フランスにおいてルソーとヴォルテールの死後二百年祭が行われたが、それはヴォルテール賛美の気配が濃かったという。これは一言でいうとルソーの自然賛美とヴォルテールの人工賛美との対抗であろうが、また西郷の「敬天愛人」と当時一般的であった「文明開化」との対比でもある」(橋川文三『西郷隆盛紀行』「あとがきに代えて」より)     

 ここで橋川文三は、ルソーの史的評価の難しさと西郷の史的評価の難しさを、パラレルなものと考える視点を提示している。これは、青年時代以来「実在」を追い求めてきた果てに晩期橋川文三が到達した究極の洞察である。
         
         

 山崎正一と串田孫一の『悪魔と裏切者』は、ルソーのヒューム宛一七六六年七月十日の手紙を中心に、ルソーとヒュームの大喧嘩の経緯と背景を周到に再現する書物であり、ここで読者はルソーという人物の人格の複雑さ・不可解さ・理不尽さをまのあたりに見せつけられて途方にくれるのだが、それはまた遠い時代の大思想家を自分の身近に引き寄せることができる稀有の経験でもあるのだ。『悪魔と裏切者』は、ひとことで言って、ルソーを現代日本に甦らせる力を備えた衝撃的な名著である。

 ルソーは、オペラ『村の占い師』の王宮での上演によって、パリの社交界で一躍名声を得た。貴婦人達は「素晴らしいこと。うっとりしますわ。どの声も心に語りかけてくるんですもの」とささやき合い、国王自身にしてからが、この作品に熱狂し、王国一のはずれた声で、「私はしもべを失った。幸せをすべて失った」と、一日中歌い続けたのであった。このエピソードは『告白』第八巻に紹介されている。

 急転直下、『エミール』と『社会契約論』の発刊によって、ルソーは、全ヨーロッパのエスタブリッシュメントから石持て追われる逃亡者の身に落ち入ってしまった。

「こうして私は、いまや自分自身のほかに兄弟も、近しい者も、友も、つき合う相手もなく、この地上にひとりきりになった」(ルソー全集・第二巻『孤独な散歩者の夢想』冒頭)

 けれども全世界から隔絶された存在となったルソーの声は、すべての孤立する知識人と民衆の耳元にまで熱く届いた。ルソーの声は、その声に耳を傾けるすべての人の理性と感情を根本から揺り動かす。ルソーの声は、まず西欧のアンシャン・レジームを薙ぎ倒した。そしてルソーの声は、世紀を越えて、二十一世紀の日本にまで鳴り響こうとしている。 遂に、ルソーの声は、その時と処を得たのである。

★ルソー作曲のオペラ「村の占い師」序曲★


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