ブログ版 清見糺鑑賞 9 かりん鎌倉なぎさの会
60 シベリアに春来たるらしオビ河をおおう氷にひびはしる見ゆ
「かりん」96年1月号
「覚めてニッポン」の表題の六首中の一首。スペイン、ポルトガルの旅の帰り、飛行機でロシア上空を飛んでいる。この旅行の日程は五月三十一日より六月十日まで。六月初旬シベリアにも遅い春がやってきて、冬の間いちめんに河を覆っていた氷に罅が入り溶けてゆく様相を見せている。歌っていることはそれだけで、作者が何を思い浮かべていたのかは想像するしかないが、おそらく日本兵のシベリア抑留についてであろう。餓えと寒さに苦しめられながら強制労働をさせられ、多くの日本兵が死んでいった不幸な歴史。酷寒の中で死んでいったひとりひとりの兵の叫びを作者は聞いていたのではないだろうか。そしてこの個人としてのひとりひとりということが大切である。
むろん作者はここで人間の愚かさについて考えたとしても、ロシアという国に敵意をいだいているわけではない。そのことは一連の歌を見れば分かる。
ボスニアはチェチェンは何処どこまでもどこまでも光沁む雲
貧しそうなロシアの小さな村見えてわたくし個人のエールをおくる
60 シベリアに春来たるらしオビ河をおおう氷にひびはしる見ゆ
「かりん」96年1月号
「覚めてニッポン」の表題の六首中の一首。スペイン、ポルトガルの旅の帰り、飛行機でロシア上空を飛んでいる。この旅行の日程は五月三十一日より六月十日まで。六月初旬シベリアにも遅い春がやってきて、冬の間いちめんに河を覆っていた氷に罅が入り溶けてゆく様相を見せている。歌っていることはそれだけで、作者が何を思い浮かべていたのかは想像するしかないが、おそらく日本兵のシベリア抑留についてであろう。餓えと寒さに苦しめられながら強制労働をさせられ、多くの日本兵が死んでいった不幸な歴史。酷寒の中で死んでいったひとりひとりの兵の叫びを作者は聞いていたのではないだろうか。そしてこの個人としてのひとりひとりということが大切である。
むろん作者はここで人間の愚かさについて考えたとしても、ロシアという国に敵意をいだいているわけではない。そのことは一連の歌を見れば分かる。
ボスニアはチェチェンは何処どこまでもどこまでも光沁む雲
貧しそうなロシアの小さな村見えてわたくし個人のエールをおくる