ピンクの○印が五つ星のホテルマウンテンリゾート
ホテルから正面に見えていたニルギリ7061メートル
ホテルに向かうジョムソン街道から望遠で撮ったジョムソン飛行場
橋の無いカルガンダキ川を馬で渡ってくる近藤亨氏
背景に小屋のように見えているのはジョムソンにただ一台しかない車(トラクター)
馬場あき子の外国詠15(2009年1月実施)
【ニルギリ】『ゆふがほの家』(2006年刊)81頁~
参加者:K・I、N・I、T・K、T・S、N・T、
藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:渡部慧子 司会とまとめ:鹿取 未放
──── ネパールのアッパームスタンに「こしひかり」を実らせた
近藤亨翁をたずねてジョムソンに行った。
(この詞書のような2行は、「ニルギリ」の章全般に掛かる。鹿取注)
124 未踏峰ニルギリに対かひ化粧(けはひ)する水のごと冷たき朝のひかりに
(レポート)
「未踏峰ニルギリ」をのぞむ宿の一室に朝のひかりが差し込んでいる。この聖域をおかすごとく「化粧する」のであろうか。いやいや、その朝も常のごとであろう。「未踏峰ニルギリに対かひ」一人の女性が朝の身支度をしている。(慧子)
(まとめ)
ネパールは北海道の2倍弱の狭い国である。人口は2649万。平均寿命は61歳、識字率は66%(2003年当時)。世界でもいちばん貧しい国の一つである。首都のカトマンズは奄美大島と同じくらいの緯度で亜熱帯に属するが、(私を含む)馬場一行二十数名は近藤亨氏のお招きで訪れたジョムソンは標高2700メートル、年間降雨量200㎜の乾燥地帯で、川のほかは瓦礫の大地と隆起した岩山があるばかり、年中強風が吹いている。アッパームスタンとは、ムスタンを南北で分けた北半分の名称で、南半分をアンダームスタンと呼ぶ。ジョムソンはアンダームスタンの中心地。一行はカトマンズから飛行機を乗り継いでジョムソンに入ったが、飛行機だとカトマンズから中継地ポカラまでは35分、ポカラからジョムソンまでは20分で着く。土地の人はポカラからジョムソンまで2日かけて歩くそうだ。
一行が訪れたのは2003年の11月初旬だが、統計ではジョムソンの11月の平均気温最高は14.3度、最低は1.2度。東京は16.7度と9.5度ということは、ジョムソンは昼夜の気温差が大きく、夜は冷え込むということだ。四つ星のホテルだったがシャワーはぬるいお湯が少量出ただけ、ユタンポが配られた。夜中の戸外はどのくらいの気温だったのか、あるだけのセーターを重ね着した上にダウンジャケットをはおってもまだまだ寒かった。
そんな地で近藤亨氏は、NPO法人ネパール・ムスタン地域開発協会を設立、ジョムソンで果樹園や魚の養殖場を作り、農業指導に当たっていた。「こしひかり」を実らせたアッパームスタンは更に高い所に位置する。標高3600メートルのガミ村にも農場があって、ジョムソンからガミまでは更に馬で2日かかるということだった。
この歌は崇高な「未踏峰ニルギリ」と対峙するかのように、あるいはその崇高さの恵みを受けるかのように、旅人の〈われ〉が化粧する姿を描いている。早朝のひかりを水に例えているが、心震える喜びが感じられる。ちなみにニルギリ山は標高7061メートル。ネパール、ジョムソン等のデータはwikipediaから抜粋。また、近藤亨氏は病気で帰国され、2016年に94歳でお亡くなりになった。 (鹿取)
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