かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 322

2024-09-25 13:46:33 | 短歌の鑑賞
 2024年度版 渡辺松男研究39(2016年6月実施)
     【明解なる樹々】『寒気氾濫』(1997年)133頁
     参加者:S・I、泉真帆、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部 慧子   司会と記録:鹿取 未放
 

322 木から木へ叫びちらして飛ぶ鵯が狂いきれずにわが内に棲む

        (レポート)
 鵯、甲高い声で叫びちらして木から木へ飛び移るその状態を「狂いきれずに」ととらえる。これはたぶん悲劇性をおびたものとしてとらえられたのだろう。(慧子)

 
        (当日意見)
★鵯が発狂してしまったら作者の内面には棲まないだろう。鵯の情景を見ながら、自
 分の内面を歌っていらっしゃる、心象風景です。(S・I)
★鵯は鳴き声は甲高いし、「木から木へ叫びちらして飛ぶ」様子は確かに今にも狂いそ
 うに見えるかもしれないけど、鳥だから狂わないでしょう。内面の苛立ちが頂点に
 達したような物狂おしい状態を、鵯の様子に投影して述べているのですね。「木から
 木へ叫びちらして飛ぶ鵯が」までは序詞のような役割なのではないですか。それを心
 象風景といってもいいですけど。鵯は実景であっても、空想であってもいいと私は思
 います。一連の「一ミリに満たざる髭も朝ごとに剃り て制度の内側の顔」などと関連
 づければ、この鵯はパワハラ的な上司ともとれるし、身勝手な同 僚とも取れる。そ
 ういう中で今にも爆発しそうな狂気を何とか押さえ込んでいる〈われ〉の像も浮かん
 でくる。(鹿取)
★この歌。渡辺さんの歌だと思わないで読んだら、奥さんが怒って叫んでいて、それを
 ご主人が狂わないうちに何とかなだめたけれど今度は自分がいらいらとしてしまう、
 そういう歌とも読 めますね。(M・S)
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渡辺松男『寒気氾濫』の鑑賞 320、321

2024-09-24 09:37:33 | 短歌の鑑賞
※まったく異質の歌ですが、320番が短いので二首掲載します。

 2024年度版 渡辺松男研究39(2016年6月実施)
     【明解なる樹々】『寒気氾濫』(1997年)133頁
     参加者:S・I、泉真帆、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部 慧子   司会と記録:鹿取 未放
 

320 一ミリに満たざる髭も朝ごとに剃りて制度の内側の顔

        (レポート)
 制度の中のこまごまとした制約、規約があり、また職務として明確さが求められるはずだし、さまざまに内的葛藤もあろう。それをかかえる胸中の、それはそれとして、髭はまず一ミリに満たざるものも処理するごとく剃り、朝朝制度の内側へすべり込んでゆく。(慧子)


321 誰よりも俯きてあれわが日々よ俯かざれば時代が見えぬ

     (レポート)
 魅力的で箴言のような一首。「誰よりも俯きてあれ」とは謙虚であれ、自己をよく見つめて忠実であれと戒められているように受け取った。時代を表層的、常識的でなく、それらを突き抜けて深くみるために、逆説的に「俯きてあれ」といってはいないか。次のような文章に出会ったことが理解の助けになったので記載する。(慧子)
  しかし人間であっても樹におけるのと同じなのだ。高く明るい処へのぼろうとすれ
  ばするほど、その根は、いよいよ力強く、地中深くへと進んでゆくのだ、
  下方へ…… (以下略)  
          ニーチェ著・原田義人訳『若き人々への言葉』(角川文庫)
 
           

        (当日意見)
★引用されたニーチェの言葉は魅力的ですが、私は少し違うように感じました。目を伏
 せるのは目を開けて見てしまうといろんなものにまどわされて本当の時代が読めなく
 なるのでなるだけ心の目、自分の考えに従って世の中を見ようという意味なのではな
 いかと思います。目の前で繰り広げられる人間関係だったり、テレビニュースだった
 り情報雑誌だったりいろいろありますが、自分の思考を信じていこうと。(真帆)
★私もこの歌とニーチェの言葉はあまり関係ないように思います。(S・I)
★「目の前の現実に惑わされるな」は間違いではないと思うけど、そこをあまり強く押
 し出さない方が私はいいと思います。内省的、思索的な姿勢によって時代が認識でき
 るということだと思いますが。その為にニーチェを引用されたので、私は関係がある
 と思います。(鹿取)
★「考える人」のポーズは俯いていますよね。だから時代を真摯に見ようとしたら俯か
 ないといけないんじゃないかな。慧子さんの「謙虚であれ」も一つの捉え方でいいと
 は思います。(S・I)
★レポート2行目、「自己をよく見つめて忠実であれと戒められている」の「られ」
 は、受け身ですか?尊敬ですか?(鹿取)
★受け身です。(慧子)
★それだと違うように思います。松男さんは他人に対して「俯きてあれ」って言って
 いるのではなく自分に対して言い聞かせているんですよね。「わが日々よ」って
 言っていますし、だから「誰よりも」が前に付くのです。それ「わが日々よ」ってこ
 とわっていますから。「謙虚であれ」も同様で他人に言っているのなら違うと思いま
 す。自分の内面をよくよく見つめることによってしか時代は見えないんだぞと自分に
 言い聞かせている歌だと思います。他人に向かってお説教する態度はこの作者には
 無いので。ニーチェの引用は「宇宙のきのこ」の鑑賞でもこの部分もう少し長く引用
 しましたし、しばしば樹木関連の歌で話題に上ったところですね。(鹿取)
★この歌の「時代」は過去のことではないですか?今の時代ならまっすぐ目をあげてい
 る方が見やすい。俯いて見えるのは過ぎ去った時代の事だからでしょう。(M・S)
★それだと当たり前すぎて面白くないです。(S・I)
★常識ではM・Sさんのおっしゃるとおりなんですが、松男さんは違う姿勢の方なの
 でしょうね。『寒気氾濫』の出版記念会で、山田富士郎さんがこの歌を褒められま
 した。(鹿取)

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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 319

2024-09-23 10:29:27 | 短歌の鑑賞
 2024年度版 渡辺松男研究39(2016年6月実施)
     【明解なる樹々】『寒気氾濫』(1997年)133頁
      参加者:S・I、泉真帆、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:渡部 慧子   司会と記録:鹿取 未放
 

319 天上に白もくれんの花ゆれてわが目わが日々白くくもらす

        (当日意見)
★「白くくもらす」は白もくれんの白から来た心象に近いですね。(S・I)
★白もくれんが咲いたから「わが目わが日々白くくもらす」 ことになるので、天上的
 な白いもくれんが咲いて自分の目も日々も清らかな白い色で満たされている、そんな
 ことを言っているのでしょう。ただ、それを「くもらす」って捉えたところが独自だ
 と思います。 (鹿取)
★私は未来が白くくもっていて不安を感じていらっしゃるのではないかと思いまし
 た。行く末が霧みたいにはっきり見えない。(M・S)
★「天上」って言葉遣いからして清らかなイメージで、精神が浄化されている感じだ
 から、ここでは未来の不安とかいうことではないでしょうね。(鹿取)


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馬場あき子の外国詠 100 スペイン④

2024-09-22 09:12:44 | 短歌の鑑賞
2024年度版馬場あき子の外国詠11(2008年9月)
    【西班牙3オリーブ】『青い夜のことば』(1999年刊)P58~
     参加者:F・I、N・I、T・K、N・S、崎尾廣子、T・S、
       藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部慧子 まとめ:鹿取未放


100 震動幾山河震動させにつつオリーブの実を落す西班牙

      (当日発言)
★機械でオリーブを落としている音(藤本)
★米や小麦ではなく副食でもっている国。スペインという国を詠っている。(崎尾)

                             
      (まとめ)
 韻律が非常にいかつく、漢字も厳ついが、ダイナミックな印象を与える為の計算上のことである。震動を2回用いているのも、漢字の効果、リズムなど計算されているのだろう。結句をアンダルシアなどと産地の名前にせず国の名前「西班牙」と据えて大胆、豪快だ。スペイン中が轟きながら揺れているような時空の広がりを感じさせ爽快である。私の見たテレビ番組では手作業でオリーブの実を落としていたが、大規模の農園では機械を使うのだろう。一連を軽い歌で終わらせることの多い作者だが、ここはスケール大きく重厚に締めている。(鹿取)


      (レポート)
 (日の没することのない帝国)と言われた繁栄と凋落、独裁政権から民主国家への移行など。その変遷のいかなる時も「オリーブ」はみのり「オリーブの実を落す西班牙」であった。オリーブの収穫時の轟きを「震動」と詠い「震動幾山河震動させにつつ」と初句から3句までの破調と重複にスペインの激動とそれへの作者の深い感慨がこめられる。特に「震動」4音を初句に据える大胆さが一首によく働き、「つつ」で下の句へ繋がり「オリーブの実を落す西班牙」と作者の感動は一首を分けられない。一挙につかんでスケールの大きい一首に仕上げた手法に感服する。(慧子)

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馬場あき子の外国詠 99 スペイン④

2024-09-21 09:54:48 | 短歌の鑑賞
2024年度版馬場あき子の外国詠11(2008年9月)
    【西班牙3オリーブ】『青い夜のことば』(1999年刊)P58~
     参加者:F・I、N・I、T・K、N・S、崎尾廣子、T・S、
       藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部慧子 まとめ:鹿取未放


99 西班牙のオリーブの樹人口の五倍を立てりその実の津波

      (レポート)
 オリーブと人口の具合を計数化させたものをまず据える。EUの加入による援助を受ける一方で、農業技術の効率化、それに伴う農業人口削減、それらの人々の海外へ出稼ぎ、また輸入が恒常的に輸出を上回る等の事実が生じる。総合判断すれば効果大なりというところへ達していないことも考えられる。スペイン近代化に伴う大きな痛み、揺れの部分をオリーブの実に照準を当て「その実の津波」ととらえた一首である。(慧子)

 
    (当日発言)
★こんなに収穫できても国が豊かになれない、社会詠(T・H)


     (まとめ)
 レポーターのいうような農業技術の不足や農業政策の貧困、輸出入の問題などオリーブ栽培には問題は山積しているのだろうが、それは措いて歌に限ってみてみよう。この歌、まずはオリーブの木が人口の五倍もあることの驚きをいっている。オリーブの木が見渡す限り豊かに実って津波のように波打っているのだろう。実(ミ)と津波の「ミ」が弾んだリズムを生んでいる。スペインはオリーブ生産量で世界一だが、その七割をアンダルシア地方でまかなうそうだ。収穫は2月でジブラルタル海峡を渡ってはるかモロッコから季節労働者がやって来る。灌漑を利用して半月に一度はオリーブの根元に充分な水やりもしている。収穫したオリーブはその日のうちに工場で搾られ良質なオリーブ油になるという。(鹿取)

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