1週間ほど前の7月14日(木)、家人と下北沢の本多劇場に出掛け、「滝沢家の内乱」を観てきました。加藤健一プロデュース100本記念作品です。
かって、加藤健一の一人芝居「審判」を観たときの衝撃を今でも覚えています。東ポーランドの田舎にある、とある修道院の地下に、水も食料も与えられず、二ヶ月もの間、幽閉され遺棄されたのソ連兵士官の、2時間半にも及ぶ物語を、たった一人で演じたのでした。物語の内容もさることながら、長時間の芝居を一人で演じ切る気迫に圧倒されました。以来加藤健一ファンとなり、「ブラック・コメディ」や「牡丹灯籠」・「三人姉妹」など多くの作品を楽しませてもらって来ました。
その加藤健一事務所が作品100本目に選んだのが吉永仁郎作の「滝沢家の内乱」。加藤は次の作品を決めるに当たって100本以上の戯曲は読むそうで、その中からこれはと惚れ込んだ作品をプロデュースしていくスタイルを第一回作品から貫いているとの事。
この芝居は二人芝居です。滝沢馬琴をカトケンが、息子の嫁を加藤忍が演じます。名字は同じ加藤でも二人は親子ではありません。加藤忍は健一事務所俳優教室9期生で、”師弟競演”です。それに風間杜夫が息子の宗伯を、高畑淳子が妻のお百を、声のみの友情出演。二人とも加藤とは長い付き合いの演劇仲間だそうです。
時は文政十年(1827年)。所は『南総里見八犬伝』執筆中の滝沢馬琴の家。馬琴の息子・宗伯の元に嫁いできたお路が、慣れない滝沢家のしきたりに戸惑いながら、早く家族の一員になろうと健気に努力するところから物語は始まります。しかし、直ぐにヒステリックに喚き立てる妻お百と、病弱で神経質な宗伯のお陰で滝沢家は、いつも騒乱状態。声だけ出演の二人の声が、この状態を見事に表現します。まともな会話が通じるのは馬琴とお路だけ。二人の距離は自然に近付き・・・。
宗伯とお百亡き後も執筆に執念を燃やす馬琴。ある日馬琴は突然右眼に異常を覚えます。次第に両眼の視力も衰え執筆が困難になり、絶望感に打ちしがれる馬琴に手を差し伸べるお路。漢字の読み書きも出来ない彼女ですが、懸命に漢字を習得し、口述筆記をして、二人して「八犬伝」を完成させます。
パンフレットの写真に脱稿時の整然とした文字が写されていて、7ヵ月半に亘る、お路の並々ならぬ努力の跡が見て取れます。口述筆記は実話でありました。
馬琴は、一筋縄ではいかない性格の持ち主である一方、日常生活の現実に的確に対応する能力をも持つ人物という複雑な性格設定。加藤健一がこの人物を見事に演じます。一方の加藤忍、甲斐甲斐しく馬琴の手助けをする場面からの演技が冴えて見えました。
映画も芝居も読書も、面白いことが命だと思います。前から8番目の席で、張りのある二人の発声。私の老いた耳にも声が良く届き、時に笑い、芝居の楽しさを十分に味わって来ました。