確か、私が小学校高学年のころだったと思うが、親孝行をしなければーと本を読んで思ったのかー、母に「親孝行って何をすればよいの?」と聞いた記憶がある。
母は「親に心配を掛けやんこと」と、いともあっさりと言った。当時の私は、母の喜ぶ何かをプレゼントをしたらいいのかしらー、などと思って母に確認したのだったが…。
あまりに想像したのとかけ離れた答えだったので、古希を過ぎた今でも幼き頃の私の記憶の一ページとして、のこっている。
当時はその意味を、はっきりとは理解出来なかったが、歳を重ねるにつれ、母の言った意味が分かるようになってきた。
それとともに、わが身を振り返り、わが両親にどれだけの親不幸をしてきたことかと、つくづく考えるようになった。
しかし、その当時は親に心配をかけている、との認識はなく生きることに精一杯だったように思う。周囲のことを思いやる余裕などなかったのである。
今、我が家では、子供たちも結婚して家を出ていき、夫と二人の生活になった。やっと過ぎし日を振り返る余裕ができたのである。
子供たちも私が「親に心配を掛けて」きたように、それぞれに大なり小なり「親に心配を掛けて」育ち、現在にいたっている。
父親は、私が自分を振り返る余裕がまだないときに亡くなったので、親不孝のままで別れたが、母親の時は私に少し余裕ができてから亡くなったので、少しは親不孝の償いができたかなーと思う。
子は、親に心配を掛けて成長していくもので、これは避けては通れない「輪廻」なのだと思う。そうすると母の言った
「親に心配を掛けやんこと」と言うのはどだい無理なことで、四人の子供たちに対しての母の希望だったのだーと分かった。
われながら、えらい真面目な文章をかいてしまいましたがな(^_-)-☆