徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第五十話 脅迫と嫌がらせ)

2006-08-04 21:47:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 かつて大予言が書店に並んだころ…二十世紀の終わりには世界が滅亡するようなとんでもない事が起きるのだと書物や雑誌やTV番組などで騒がれていた。
二十一世紀に入っても地球は変わらず回っている。
 あれはアメリカでのテロを示していたのだ…などと後からこじつけたようなことを主張する人もいるようだが…本当のところは書いた本人が生き返りでもしなければ分からない。

 そうした予言のブームは繰り返しやってくるようで、最近では麗香が話の中で触れていたフォトン・ベルトに関する書籍やネイティブ・アメリカンのホピ族などに伝わる人類への警告、国内の能力者が受けたというお告げなど、さまざまな予言書が書店の目立つところに並んでいる。
 
 西沢は予知が苦手だから、それらの予言が真実か否かについては分からない。
しかし…選ぶべき道を誤ると滅びに向かってまっしぐらだ…ということは太極や五行の気たちとの付き合いから確信している。

 その点からすれば…国内の能力者を統率して大事に備えようという麗香の考えはあながち間違っているとは言えない。
ただ…家門の壁を乗り越えてすべての能力者が協力し合うのは至難の業だ。
 友人関係とか仲間関係とか…そういった個人的な繋がりはあろうが…長い歴史の中でも…普段まったく付き合いのない族間の協力関係が曲がりなりにも成立したのは前回の事件が初めてだと言える。

 眼の前に人類滅亡が迫っている…危急存亡の秋(とき)というので、家門の長たちが裁きの一族の号令の下、迅速に動いた結果だが…今回の場合は勝手が違う。

 近い…と言ってもいつそうなるのか予測できないことのために備えようというのだから、長たちの間にはまるっきり危機感や緊迫感がない。
 無論…予知やリーディングの力を持つ能力者を抱える家門もあるが…たとえ…何分何秒というところまで分かっていたとしても、パニックを懼れて外部には情報を漏らさない。
 こうした状況では、必要とは分かっていても、人というのはなかなかすんなりとは動かないものだ。
もし…宗主が快く口を利いたとしても事はそう簡単には進むまい…。
麗香の苦労が眼に見えるようだった。



 長時間の作業で凝り固まった筋肉をほぐすかのように、西沢は天井に向けて指を組んで腕を伸ばし、腰掛けたままでう~んと背伸びをした。
 
 よっしゃ…終わり…やっと寝られるぞ。

そう言えば……天爵ばばさまの潜在記憶は綺麗さっぱり消されていたな…。
あれだけ完全に消すことができるのは…自分で意識して消した証拠だと思うが…。やはり…ふたつの魂を持つというのは本当の話なのかなぁ…?  

 大きな欠伸をしながら西沢は寝室へ向かった。
空気の入れ替えで開け放した窓から雪が振り込んでいた。
いつの間に降り出したのか…気付かぬうちに寝室は冷蔵庫なみに冷え切っていた。

 慌てて窓を閉めたがそのまま眠るには寒過ぎた。
暖房をつけたまま眠るのが嫌いな西沢は毛布を取って居間へ移った。
居間のソファに寝転がってうつらうつらし始めた。

暦の上ではとっくに春だってのに雪だなんて…ノエル…御腹冷えないかなぁ…。
滑らないと…いい…けど…。

そんなことを思っているうちに…ゆっくりと瞼が重くなっていった。

 どのくらい経ったのか…寝室の方でガラスの割れる大きな音がした。
西沢は飛び起きて寝室へ駆け込んだ。
ここは三階だというのに窓ガラスは外から何かの力を受けたに違いなく、部屋の中へと飛び散っていた。

 玄関のチャイムがけたたましく鳴った。 
どんどんと扉を叩く音がした。

急いで扉を開けるとマンションの管理人…花蓮おばさんが立っていた。

 「大丈夫? 西沢さん! 今ね。 外で掃除をしてたら車が停まってさ。 
車の窓が開いた途端に西沢さんとこの窓ガラスが飛んだのよ。
 どっかのその筋が部屋を間違えたんと違うかしら…。 
この辺り…何人か住んでるらしいから…勿論…ここには居ないわよ。
警察…呼んどいたからね…。 」

 えっ…警察…厄介だなぁ…と西沢は内心思ったが…ここは花蓮おばさんの親切に礼を言うしかない。
 
 警察が来る前にもう一度そっと寝室を覗いてみる。
外からガラスを砕いた物がなければ…この件は西沢の自作自演にされてしまう可能性がある。
能力者は普通…物なんか使わないから…。

 ふと振り返って天井を見ると小さな穴が空いている…。
何を使ったんだろうなぁ…? 

 警察が到着してからの調査で銃撃されたことが分かったが、その後の調べで使われた銃が何処だかのその筋の人を襲ったのと同じだったとかで、花蓮おばさんのご意見が正しかったことを裏付けた。

 花蓮おばさんが車種や車にあったへこみ傷を覚えていたため、犯人は即刻逮捕されたが、西沢の部屋の窓を銃撃したことなど全然覚えてなくて、警察は狙う場所を間違えたのだろうと判断した。

 何を…って人間を使ったわけね…。
やってくれるじゃないか…。
僕の貴重な睡眠時間を潰した罪は重いよ…。

 窓の修理代だって馬鹿にならないぜ…。
それに部屋中飛び散ったガラスの欠片…どうしてくれるわけ…。
倍にして返すから覚えとけ…。

 そう…西沢には真犯人に心当たりがないわけではなかった。
天爵ばばさまの元恋人…その誼で協力するなよ…という警告…。

馬鹿野郎…人を甘く見んなよ!

 花蓮おばさんが連絡したのかどうか…窓が粉砕されたことは立ち所に西沢本家に伝わり…西沢自身がまだ頼んでもいないというのに、本家から依頼された各方面の職人さんたちが飛んできて、何もかもがあっという間に新しくなった…ガラスの粉にまみれたベッドカバーまで…。 

 有り難いと言えば有り難いのだが…この齢になっても相変わらず監視が付けられているということの表れでもあった。



 桜の季節が終わる頃…やっと安定期に入ったノエルとまだ道を見つけられないままの亮はとうとう最終学年に突入した。
 胎児が小さいことと治療師である滝川がノエルの食事に留意してくれるのとで、外から見た限りではそれほど身体の変化は目立たない。
 構内での護衛役を仰せつかっている亮を除けば大学の友人たちは誰も気付いていなかった。

 三階の住人にお知らせを届けに来た管理人の花蓮おばさんは、西沢の部屋の前をウロウロしている妙な男に気付いて、さっきから様子を伺っていた。

 「どなたかに御用ですか…? 私はここの管理人ですけど…。 
部屋をお探しならお連れしますよ…。 」

 おばさんは男に声をかけた。
男は驚いたようにおばさんを見たがニタニタと笑いながら近付いてきた。

 「私はこういうもんですけど…。 」

おばさんに名刺を渡した。
聞いたことのない社名で何処だか分からないが特ダネ雑誌の記者のようだった。

 「管理人さんですよね…? いや…実はね…西沢紫苑がこの部屋に可愛い男の子飼ってるって噂がありましてね…。 」

はぁぁ…誰のこっちゃろ…? 
おばさんは首を傾げた。

 「なんかの間違いと違います? 西沢さんとこにはご本人と奥さん…時々ご兄弟やお友達たちが居なさるだけですよ。 」

奥さん…? 記者は怪訝そうな顔をした。
奥さんが居るんですかぁ…?

 「あ…丁度帰ってきたわ…。 ノエルくん…お帰り…順調…? 」

あ…花蓮さん…まあまあだよ…。
ノエルは御腹をさすって見せた。

 「え…この人は…? えぇ…? 」

記者がますます困惑げな顔をした。

 「西沢さんの奥さん…去年結婚しなさったばかり…この秋に二世誕生予定…。
どこでそんな話を聞いたのか知らないけど…通常は奥さんが居るか…お友だちの滝川先生が入り浸ってるだけだわね…。 」

何の話…?
ノエルが戸惑ったように訊いた。

 「きみ…本当に女の子…? 西沢に飼われてる男の子ってきみじゃないの? 」

男はねめつけるような眼でノエルを見た。

飼われてる…どういう意味だよ?
ノエルは無性に腹が立ってきた。

 「失敬な…飼われてるわけじゃないよ。 猫じゃ在るまいし! 
何…この人は…? うちに何の用なわけ…? 」

大声出した途端…御腹に異常が起きた。
 あ…あっ…花蓮さん…紫苑さん呼んで…御腹が…変…。
御腹を押さえて蹲った。ぎゅうっと締め付けられるような感じがした。
管理人のおばさんは慌ててチャイムを鳴らした。

 「大変よ! 西沢さん…ノエルくんが…。 」

西沢が血相変えて玄関から飛び出してきた。
蹲ってるノエルに駆け寄り、そっとノエルの御腹に触れた。

 「あの男がね…ノエルくんがあなたんちに飼われてるなんて言うもんだから…。怒って興奮しちゃって…。 」

おばさんが早口で説明した。
西沢はノエルをそっと抱き上げ、男の方に怒りの顔を向けた。

 「妻に何を言ったか知らないが…大事な時なんだ。
話があるならアポをとって僕に直接言ってくれ。  」

身体の大きな西沢に上から睨みつけられて男はたじたじになった。

西沢は花蓮おばさんに礼を言うとノエルを連れて部屋に戻った。

 「あんたね…。 万が一流産なんてことになったらただじゃ済まないからね。
早くここから出てってちょうだいな…。 」

おばさんは男を追い立てるように言った。

 ノエルはしばらく居間のソファに横になっていた。
ぎゅうっと絞られるような感覚は少しずつ治まってきた。
 305号に居た滝川が急ぎ戻って来て、ノエルの様子を診たが、安定期から先にはよくある収縮で、安静にしていれば大事無いことが分かった。

 「学校では寝転がれないけど…できるだけじっと安静にしてるんだよ。
ひどくなったり、全然治まらなかったり、出血したりなんてことが起きたらすぐにでも飯島先生のところへ行くんだ…。 」

 滝川は不安そうな顔をしているノエルにそう指示した。
部屋に来る途中で滝川がおばさんからさっきの男の名刺を受け取ってきた。
渡されたその名刺を西沢はじっと見ていた。

 「こいつは…多分誰かにガセ掴まされて…特ダネ拾いに来たんだろう。
こいつ自身に他意はない。

 これは僕に対する嫌がらせだ…。
この前が脅迫で…今度が嫌がらせ…三宅が天爵ばばさまについたのは僕の差し金だとでも思っているんだろうよ…。 」

西沢は苛立たしげに言った。

なるほどね…あいつらか…。
あんまり紫苑を刺激しないで欲しいんだけどな…と滝川は思った。
本気で怒ったら止められないんで…。

 「ノエル…ごめんな…とばっちり受けたな…。
奴等…何を仕掛けてくるか分からないから…これから先も十分気をつけて…。 」

 西沢はそっとノエルの髪を撫でた。
大丈夫だから…と西沢を安心させるためにノエルは笑って見せた。
胸の内は不安でいっぱいだったけれど…。








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