徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第六十五話 ご免な…。)

2006-08-29 16:33:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 明日はノエルの誕生日というクリスマス・イブの夜を西沢は滝川と吾蘭の三人で過ごした。
それなりにご馳走を用意し…吾蘭にもかぼちゃのプリンをひと口…。
 甘い食べ物に大喜びの吾蘭…。
その無邪気な笑顔を見ていると…ひとりでも何とかやっていけそうだと思う…。
きみは本当に最高の贈り物だね…と西沢は吾蘭に語りかけた。

 「もう…決まっちゃったのか…? その娘さんとのこと…。 」

滝川は心配そうな顔を向けてそう訊ねた。

 「まだデートの段階みたい…だけど…よくは知らない…。 
根掘り葉掘り僕が訊くことでもないし…な。
だけど…お義父さんの話じゃ…幼馴染だって言うから…案外早いかも…な。 」

西沢は寂しげに笑った。

 覚悟はしていた…。 結婚と称してノエルと暮らし始めてからずっと…。
今更…驚きもしないけれど…とうとう来たかって感じ…。

 「なあ…アランも居るんだし…前とは状況が変わってきてるんだから…このまま一緒に暮らせないのか…?
おまえがひと言…ここに居ろ…と言えばノエルだってきっと…。 」

 言えないよ…。 ノエルは自由に生きるべきなんだ…。
そんな言葉で縛り付けたかないよ…。

 何より…あいつは男で居たいんだ…男として生まれ育ったんだから…。
それが…僕への恩返しのつもりでアランを産んでくれた…大変な思いをしてさ…。
それだけでも…十分過ぎるほど有り難いさ…。

 吾蘭はかぼちゃに味を占めて…ウ~ウ~と請求する。
もうひと口だけだぞ…御腹こわすからね…。
そのひと口でキャッキャッと大騒ぎ…。

 「アランは…生まれたばかりで…母親を失うんだなぁ…。
なんか…親子でよく似てらぁ…。 おまえは…両親ともに…だったけどな…。 」

 滝川がしみじみと言った。
何だか暗いイブの夜だった。

お晩で…と突然…玲人が幽霊の如く現れた。
思わず引いた。

 「何だよ…今日は奥さんとデートじゃないのか…? 」

ふうっと玲人は溜息を吐いた。

 「かみさんは友だちとスキーに行ってしまいました…。
向こうでいい男捕まえたらメールするねぇ…とか言って楽しげに…。 」

 おお…ここにも振られ組がひとり…。
まあ…三人で…ってかアランと四人でテキト~に盛り上がろうぜ…。

テキト~に…な…。



 カンナを家まで送り届けてからの帰り道…ノエルはぼんやり街灯の明かりの中を歩いていた。
以前…悦子と何度も行ったあのアイスクリームショップの近くの公園まで来て…何となくベンチに腰掛けた。
クリスマス・イブだからなのか…この辺りの店も遅くまで営業していて周りはわりと賑やかだった。
こんな小さな公園でも何組かのカップルが楽しげに時を過ごしていた。

そんな夜だというのに…別にカンナとのデートが楽しくなかったわけでもないのに…ノエルはひどく疲れを感じていた。

 近くに居たカップルたちが談笑しながら引き上げて行ったその直後…何かがふわっとノエルの上に覆いかぶさった。
冬だというのにそれはほんわかと温かかった。

我が化身…お疲れの様子だな…? 

 「うん…ぜんぜん…元気ないんだ…。 」

ノエルは正直に言った。

ほう…あの実は…気に入らなかったのか…?

 「実…アランのことかな…? アランはいい子…すっごく可愛いよ…。
でもね…僕の方がだめママなんだ…。

 亮のお父さんの言うとおりだった…。
僕が心から欲しいと望むのでなけりゃ…紫苑さんの為にってだけで子どもを産んじゃだめだって…。

 僕ね…自分が男だってこと捨てられない…。
だから…アランにとって良いママになれないんだ…。
きっと紫苑さんもがっかりしてる…ノエルは我儘だって思ってるよ…。 」

そうだろうか…?
人間というものは些細なことに拘るものだな…。

太極は首を…傾げた…何処が首だか分からないけれど…。  

 我が化身…おまえにとって最も大切なもの…最も必要なもの…始まりの時に戻ってもう一度考えてご覧…見えないものが見えてくるかもしれない…。 
ここ数年の間に出来上がってしまった何もかもを取り払っておまえの純粋な心を覗いて見るといい…。

 そう言って太極は気配を消した。いつしか…周りの店の灯も消えていた。
ノエルは重い腰をあげて人影のない公園を後にした…。



 第二回目の族長会議が招集されたのは年が明けて世間が少し落ち着いた頃のことだった。
今回は…地域会議に戻って先回の会議の報告に対する見解や地域側からの提案を纏めてきて貰うことになっていた。

 ところが…ほとんどの族長は若手の暴走をどう抑えるか…という眼の前の問題の解決にのみ論旨を置き、最も重要な課題であるHISTORIANのこの国における覇権狙いをどう阻止するか…や、そのために必要となる全体の指揮を誰が取るか…などという議論はまったくなされてもいなかった。

教育委員会じゃないんだから…! そんなこと今…この代表者会議で話し合うべきことなの…?

天爵ばばさまの怒りは増すばかり…。

 若手の教育は各家門の言わば個人的な問題でしょうが…!
どうしてもっと大局的なものの見方ができないかなぁ…?

 遅々として進まない会議に業を煮やしたばばさまは会議が引けた後、纏め役の宗主の許へ乗り込んだ。 
アポなしの突撃訪問…。
本来なら無礼極まりない行為で門前払いも止むを得ないところだが…宗主は機嫌よくばばさまの我儘を受け入れた。

 「このままでは埒が明きませんぞ…宗主。
HISTORIANはいつ何時…その本性現して動き始めるか分からぬ。
 このままじわじわとこの国に根を張られては大変なことになる。
それと分からぬうちに奴等の支配を受けることになっても宜しいのかぇ…? 」

 まるで祖母が孫を説教をするような口振りでばばさまは宗主に詰め寄った。
今…宗主の目の前に居る人は庭田麗香という女性ではなく、天爵ばばさま本人だということがはっきりと感じ取れた。
宗主は穏やかに微笑んだ。

 「ばばさま…まあ落ち着かれよ…。 すぐに纏まれと言っても無理なこと…。
族長たちはお互いに顔を合わせて間もない…。
 昔と違って同じ地域に住んでいようと…ほとんどの一族が互いに顔を合わせることも付き合うこともない状態なのだから。
何か族長たちを納得させられるだけの…例えば奴等の悪行の証拠でも掴めれば…みなすぐにでも纏まるだろうが…。 」

 何を今更…業使いを誑かして呪文をかけさせ…オリジナルだのワクチンだのとんでもない争いの種を蒔いただけでも十分なのに…若手を唆して誘拐未遂事件を引き起こさせたではないか…。

 「そのことなら…確かに責められるべき行ないではあるが…何かの拍子に発症して暴れるかも知れない者たちを事前にあぶりだして危険を回避してやったんだと言われれば…嫌々ながらも納得せざるを得ないだろう…?

 赤ん坊のことにしても…誘拐するという実際の行動に及んだのはHISTORIAN自体ではない。
おそらく…奴等が犯人をを唆したという証拠も残っては居ないだろう。
捕まった者たちは金目当てだと言っているのだから…。

 どれをとっても決定的なものではないのだよ…。
糾弾するには不十分だ…。
ばばさまのお怒りも分からんではないが…もし十分なものがあったなら…我々裁定人が動かぬはずがあるまい…?
裁定人が黙っているからには…それなりの理由があってのことだ…。 」

 宗主は裁きの一族が、ただ悠長に見過ごしているわけではないことを示唆した。
さすがのばばさまも反論できなかった。

 「ばばが見たそのままを話して聞かせても無駄かの…?
ばばは一万余の時を生きておる…。 勿論…身体は代々乗り換えてはおるが…。」

 ばばさまは確かめるようにそう問い掛けた。
残念そうに…宗主は首を振った。

 「ばばさま…この私自身が話を伺うのであればつゆほども疑わぬ。
ご存知の紫苑などもそうであろう…。
 だが…他の者は…自分自身が能力者であってさえも…未知のものには疑いの目を向ける…科学的にどうのこうのと講釈言っての…。 」

 宗主は申し訳なさそうに…ばばさまの顔を見た。
ばばさまはがっかりしたようにふうっと溜息をついた…。



 まだ明けきらぬ時間にふと目覚めた西沢は、温かな布団の中で自分に寄り添うように眠るノエルの頬に…夕べの涙の後を見つけた。

ご免な…。

 西沢は心の中で謝った。 拒絶したのは…ノエルのため…。
奇跡的にでも吾蘭を産んだノエルにはまた妊娠する可能性がある…。
もしかしたら…カンナと結婚するかも知れないって時に御腹に西沢の子どもがいたら…お話にもならない。

 そして西沢自身のため…。
男女どちらのノエルにせよ…西沢にとっては可愛い連れ合い…。
触れたら…ノエルを手放せなくなってしまう…。

 ノエルがカンナと付き合いだしてから西沢はノエルに触れるのをやめた…。
いつもどおり暮らしていながらも…身体の関係を一切絶ってしまった。
ノエルにはそれがショックだったようだ…。

 最初…ノエルは…西沢が疲れて嫌がっているんだと思っていたらしいが…夕べはきちんとわけを話した…。
甘えん坊のノエルは…納得できないという…顔をしていた…。

 そりゃそうだ…僕等まだ…夫婦だもんな…。
でもね…ノエル…。
僕への想いをずるずると引き摺ってたら…きみはここから出て行けない…。

 珍しく子ども部屋から吾蘭の泣き声が聞こえた。
御腹空いたのかな…西沢は慌ててベッドを降りた。
ノエルが眠そうな顔で半身を起こした。 

 「いいよ…僕が看て来るから…。 寝てなさい…。 」

西沢がそう言うとノエルはこっくり頷いた。

 僕だけしか傍には居ないんだって状況にアランを少しずつ慣れさせてあげなきゃ…。
お母さんは居なくなってしまうかも知れないんだから…。



 大学最後の試験を終えて…後は卒業式を迎えるだけになった。
幸いなことに亮だけでなく直行も夕紀も…同好会の仲間もみんな就職が決まった。
 早い人ではすぐに就職先の研修が始まる。
亮もそのひとりだけれど…この半年余…研修を受けていたようなものだから別に慌てもしない。

 心配なのは…亮自身よりノエルのこと…。
カノジョができたのはいいが…このところまったく元気がない…。
 仕事は決まっているし…可愛いカノジョとも上手くいっているようだし…。
それなのに…全然…楽しそうに見えない…。
 
 あんなにカノジョ欲しがってたのになぁ…。
これからバイト先の書店に向かう亮は、溜息ばかり吐いているノエルを見送りながら首を傾げた。

 智哉の店では年が明けた頃からすでに新学期に向かって、制服や上履きなど学校で必要なものの注文受付や取り寄せに追われている。
三月までにはほとんどお客さんにお渡しできるって状態になっていなければ意味がない…。
新学期に入ってから各学校の指導で注文される品物もあるが…それを見越しての品揃えも必要…。

 朝一番で試験を受けた後…店に着いた端から忙しく働いていたノエルは二時ごろになってやっと昼食にありついた。
 御腹が減って死にそう…なはずなのに食欲がわかない…。
弁当を目の前にまた溜息…。

 「どうした? 腹でも痛いか…? 」

向いの席で弁当を食べていた智哉が心配そうに訊いた。
 
 「痛いわけじゃないんだけど…なんか食えねぇ…気分悪ぃ…。
ふらふらすっから…風邪引いたかもしんない…。 」

 智哉はノエルの額に触ってみた。
それほど熱くはなかった。

 「熱は無いようだが…何にしてもいけねぇな…。 悪い風邪が流行ってるみたいだから…。
帰って寝た方がいい…。  店の方は母さんに来て貰うからよ。
アランにうつすといかんから早く治せ…。 」

うん…忙しいとこ悪いな…帰るわ…とノエルは自分のバッグを取り上げた。

何処となくひどくだるそうな後姿に、大事無きゃいいが…と智哉は思った。 










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