徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第五十七話 狙われた胎児)

2006-08-16 23:45:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 大学生活最後の夏休みに入ると…ノエルは息をするものしんどく…動くのも億劫になってきた。
かと言って寝転がろうにも苦しくてできず…籐のソファに腰掛けてじっとしていることが多くなった。
 他の妊婦に比べれば御腹の赤ちゃんは小さいし…ちょっと見は少し太ったくらいにしか思えないのだが…ノエルにしてみれば重くて仕方がない。
腰も痛いし…胃も苦しい…。

 西沢や滝川が心配しているのはノエルの骨盤が小さ過ぎること…女性の体型ではない為に出産に向くとは思えず…難産になるかもしれない。
飯島院長は…場合によっては帝王切開に踏み切ると断言していた。

 いまひとつ西沢が気になっているのは…生まれてくる子どもがオリジナルの完全体である場合に、どうやってHISTORIANの眼を逃れさせるか…。
 西沢が子どもの身体に細工をしておくとしても効果のある相手かどうか…。
プログラムに関しては奴等は僕等以上に敏感だからな…。
何しろ…それだけが目的で古代から存在しているような組織なんだから…。

 「ノエル…少し外に出ようか…? 散歩しがてら…お茶でもしよう…。 」

 仕事の合間にそう言ってノエルを誘ってみる。
気分のいい時は嬉しそうに…よっこらしょ…と立ち上がるのだが、気分が悪いと悲しそうに首を振る…。

 病気ではないと分かっていても…つらそうな顔を見ると心配になる…。
西沢の前ではほとんど何も言わないが…未成熟な身体での異常とも考えられる妊娠がどれほどノエルの身体を痛めつけていることか…ここまで持ったのが不思議なくらいだ。

 有の話では…ノエルにこうした不可能とも思われる現象が起きたのはノエルの身体に流れる内室の一族の主流の血のせいだという…。
 遠い昔から…病気や戦によって一族の主流の血が絶えないように…長になるべくして生まれてくる少女は、必要とあらば初潮を見なくても一時的に子どもを宿すことができるような力を持っているらしい。

 半陰陽のノエルにその力が備わっているのも奇跡だが、それだけに先がどうなるかの予想がつかない。
ノエル自身はそういう力が存在することも使い方も知らないし…周りだってその力が完全なものかどうか分からない…。
かえって不安がつのる…。

 体調の悪いノエルがあまり動けないことを知って…輝が頻繁に出入りして出産準備を手伝ってくれた。
焼きもちを焼くと時には意地悪なこともするが、根は面倒見のいい優しい女だから遊び相手のノエルのことは親身になって世話してくれた。

 産着は揃ったし…オムツカバー…哺乳瓶もOK…消毒液とバケツばっちり…。
おくるみ…重ね着用のチョッキ…赤ちゃんシャンプー…石鹸…よし…。

 「いくらなんでも…ノエル…母乳は無理ね…。 ないものはないんだから…。
粉ミルク…多めに買っときましょ…。 分量はよく分からないけど…。
 ミルクもオムツも一週間分あれば…後は紫苑が買いに行くわよ…。
恭介だって居ることだし…居候男にはこういう時に役に立って貰わなきゃ…。 」

 子どもって…結構…物入りなんだね…? ごめんね…世話かけちゃって…。
輝は…いいのよ~ノエルが約束忘れてなければね~と意味ありげに笑った。

 忘れてないけど…本気なんだ輝さん…?
当然よぉ…あっ…大丈夫よ…ノエルに面倒は持ち込まないから…。
輝はクスクスと笑いながらそう答えた。



 就職が決まったことは会社に書類を提出した後で大学の就職課にも報告した。
事情を知らない就職課のボスは本年度の就職第一号が大手の企業に決まったことに頗るご満悦だった。
 それもボスがあんまり期待を寄せていなかった…中の上と言うか…まあ…受かったんだから上の下と言うべきなのか…目立たない成績の学生が…。
これはまさに…奇跡だ。

 あの後…自宅で有とふたりきりになった時…有が如何にも悲しそうな目で亮を見て…後悔しないか…と訊いたのがひどく心に残った。
俺の立場なんぞどうでも構わんから…おまえは生きたいように生きればいいんだ…と…そう言ってくれた。

 生きたい道があったなら…そうしたかも知れない…。
けれど…それを探すには時間がなさ過ぎた。
 それに…あのふたつの部屋…そしてデータを扱うという仕事も…やりたくないという気持ちが亮にあるわけでもなかった。

 溜息を吐きながらも…有は…おまえが決めたのなら…と反対はしなかった。
思えば…亮がまだ幼い時から…こういう事態になるのを避けたいが為に極力特殊能力を使わせないようにしてきたものを…それがかえって息子の反発を招いたりして思うに任せなかった。
 結局は…こうなる運命だったのかもなぁ…。
有は肩を落として呟いた。

 僕のことより…父さんこそ…そろそろ決めたらどうなのさ…?
あの人…良さそうな人じゃないか…?
 暗くなりそうなので…亮は話をそっちに振ってみた。
もうかなり付き合い長いだろ…?

 気付いたか…と有は苦笑いした。 
結婚はしないんだ…。 ふたりともお役目があるからな…。
いまのままで…十分だと思ってる…。

 だってさ…人知れず付き合うのってつらくねぇ…?
亮が少し心配そうに訊いた。

 そんなこと…みんな知ってるさ…。
俺たち隠してないもん…。

えぇ~? それで問題になんないのかよ?
変な職場だ…と思った。 世の中には恋愛禁止ってところもあるのに…。

 御使者はもともとほとんどが血縁や同族だろ…?
みんな感情的にも繋がってるんだから今更どうこう言ったって仕方がないんだよ。
 関係に拘るよりは…きちんとお務めを果たすことを考えた方がいい…。
そう言って有はからからと笑った。

進んでんだか…変わってんだか…亮は呆れたというように肩を竦めて首を振った。

 とにもかくにも行き先が決まったことで…亮としては比較的自由な夏休みを過ごせることにはなった。
友だちには羨ましがられたけど…優越感に浸れるほど晴れ晴れとした気分ではなかった。 


 いつものように谷川書店で仕事をしている最中に突然携帯が鳴った。
普段…仕事中は切ってあるはずなのに今日は切り忘れたらしい。
 幸運にもお客の姿がなくなった時で…急いでバックルームに飛び込んだ。
扉の隙間から店の様子を伺いながら受けると会社に居るはずの有からで…ノエルが飯島病院に運ばれたと言う連絡だった。

 来た!

カレンダーに眼をやった。

 まだ七月じゃん…確か…お伽さまは…八月だって…あ…明日からそうか…!

 昼食に行っていた店長が店に戻ってきた。
店長…店長…ノエルが…来た!
店長は慌てて周りを見回した。誰もいないことを確認すると亮の方を見た。
 亮は御腹の辺りをさすって見せた。
あ~あ…!
店長は閃いたように指差した。
お互いに顔を見合わせて思わず笑みを浮かべた。  
 
 

 あの特別室で分娩室へ行くまでの間を待機することになったノエルはベッドの背もたれを調節して貰い…一番楽そうな姿勢でうつらうつらしていた。
まだ…陣痛の間隔は長く…当分かかりそうだった。

 傍には西沢が付き添いずっと様子を看ていた…。
たまたま居合わせた玲人が宗主と西沢本家…高木家…木之内家との連絡係として出たり入ったりしていた。
最初に駆けつけたのはノエルの両親で…その後に千春…夕方になって有と滝川が駆け付けた。

 有が病院に向かった後で…花園室長のところへ奇妙な電話が入った。
名前も名乗らず悪戯電話かと思われるような口調で、声の主は緊急事態を告げた。

 『もうじき紫苑のところに赤ちゃんが生まれるんだけどぉ…その赤ちゃんを狙ってる奴等がいるのよぉ…。
 多分…難産だから…出産が始まったらみんな手一杯で動けないし…気付かないと思うの…。
あんたたち助けに行ってあげて頂戴…ね! 』
 
 それだけ話すと…こちらの言うことには答えず、耳を貸さず、すぐに電話を切ってしまった。
花園室長は以前ノエルが散歩中に襲われた話を聞いていた。
 西沢はもともと主流の血を引く上に今や宗主の登録家族である。
その子どもを狙うなどということは宗主に対して攻撃を仕掛けることと同じ…。

 「仲根くん…もうじき生まれる特使の子どもを狙っている連中が居るらしいの。
他所からの情報だから特使も総代格もまだ気付いていないかも知れない…。
大至急…病院へ向かって…。 」

 分かりました…と仲根は急ぎ部屋を出て行った。
室長は病院に居る有と連絡を取ろうと試みたが…場所が場所だけに携帯は切られていた。
病院の受付にも電話を入れてみたが…夕刻の混み合う時間帯らしくなかなか繋がらなかった。

 そうだ…相庭なら連絡がつくかもしれない…。
不意にそう思いついて受話器を取った…。

 店の仕事を済ますと亮はまっすぐ病院へと急いだ。
夏の夜は七時を回ってもまだ明るく…病院についた頃にもさほど日は落ちていなかった。
 駐車場を通り越して面会専用の入り口へ向かおうとした時、駐車場沿いの路上に車が停車しているのを見かけた。
広い駐車場はそろそろ外来の時間が終わることもあってところどころ空いていた。
不審に感じた亮は通りすがりにチラッと中を覗いてみた。

 あっ…と思ったが…知らん顔して通り過ぎた。
何食わぬふうを装って建物の中に入ってから思いっきり急いで特別室へ向かった。
やっと特別室へ辿りついたというのにノックをしても誰も返事をしなかった。

しまった…分娩室か…。

引き返そうとして今まさに特別室へやって来たばかりの仲根と鉢合わせになった。 
 「仲根さん…? 」

誰…? 仲根は驚いて亮の顔を見つめた。

 「おお…亮じゃないの…。 特使たちは居る…? 」

それが…もう分娩室みたいで…と亮は仲根を促して歩き出しながら言った。

 「外に…HISTORIANが居るんです…。 
何のためだか分からないけど…ひょっとしたら…また…ノエルを襲うつもりかも知れません。
前にも二度襲われているんです…。 」

 俺もそれで来たんだよ…。 加勢して来いって…。
仲根はやっぱり…という顔をした。

とにかく…急ぎましょう…。
事が起きる前に何とかしなきゃ…。

まだ…大勢の患者や職員の残る病院の中を…分娩室目指してふたりは足早に歩いた…。









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